★・河合克己講師 《半田市文化財専門委員長》
~~★彡・【歴女とは
遠く及ばぬ 吾なれど
知多半島の あゆみ学ぶや】
~~【知多半島は歴史の宝庫】~~
~1987年(昭和53),名鉄知多新線の内海駅工事に伴って、発見された先苅(まずがり)貝塚は
日本中の考古学者の注目を浴びた。標高マイナス10mの、その遺跡の上には
厚く海性の泥や砂で、覆われていたからである。
この貝塚の成立時期は、約 8,000年ほど前の、縄文時代早期
氷河期が終わって、海面が上昇したと考えられる時期である。
この海面上昇を、縄文海進(かいしん)というが
海進のために水没した。
遺跡の存在は以前から予想されていた。が、現実に確認されたのは日本でも
先苅貝塚が最初である。 出土品は多数の土器破片のほか、
石器や魚の骨、人骨も見付かりこの地方の人々の海への適応の時期が
縄文時代前期にまで、さかのぼることが明らかにされた。
さらに、縄文海進は日本のみならず、世界的に起こった現象であり
先苅貝塚が、豊富な内容をもって発見されたことや詳しい学術調査が
加えられた点で、海外でも注目されている・・。~
【尾張藩の黒船対策に「知多郡・砲火台烽火台(のろし)乾坤」から
「先刈貝塚」の話へと進展して話しが面白く興味深い】
★・講座風景・・
次回は巡検・砲火台跡の見学会、当日天気にな~れ!・・。~
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