~ 1月12日 金曜日 ~
私の親友で高校3年間、成績は常にト
ップの髙生君でした。其の髙生君は、自
分心をコントロール出来ず躁鬱病で老人
福祉施設に入っていました。
彼は中学の数学の教師で、組合運動と
真面目な授業との狭間で、生真面目な為
に躁鬱病になったのです。
時々お見舞いに、行っていました。そ
のお見舞いも,躁の時だけお見舞いが出
来るのです。
だからお見舞いも、電話して躁の時か
,鬱の時かを確かめて行っていました。私
が車の運転を、止めてからお見舞いが出
来なくなりました。遠方の為に、いけない
のです。
それで今年になって、電話で尋ねたと
ころ昨年の末に、亡くなっていたのです。
彼は躁の時は、平和新聞や教育新聞な
どの個人新聞を発行して、関係者に発送
していました。私にも、数多く送ってく
れました。
わたしは其の新聞を見て,鬱の髙生君
が信じられないのです。その髙生君の死
に、何とも言えない、この世の非情さを
感じるのです。
彼はたった一人の息子に、先立たれ、
最愛の奥さんを残して、この世を寂く去
ったのです。
悲しい淋しいそうして、彼にとっては
この上もない、残酷なこの世でした。
髙生君の浄土での、幸せを心からお祈り
してお別れいたします。合掌
心よりお悔やみとお見舞いを・・そして
高田先生には故人の分もお元気に
更に大活躍されますよう期待しております
人はお別れをするために・・生まれて来た
と、言った人もおります。