7月1日はアユ釣りファンには待望の解禁日だ。年齢を考慮してアユの友釣りは一昨年辞めたがどうも気になるので、放送大学でゼミが終わった後米ケ袋の霊屋橋に行ってみたところ川には人っ子一人いない、ついで評定河原橋も見てみたがやはり同じく釣り人らしき人を見かける事が無かった。釣れなくて皆帰ってしまったのだろうか。
大震災前まではそうでなかった、大都市仙台市中心部を流れる広瀬川には良い釣り場が有るが駐車する場所がないため、他所から来る人は全くなく極近所の人達だけ釣りができた。
というのもアユの友釣りは竿だけでなくその他オトリ鮎を入れて活かしたまま移動する友缶や、釣ったアユを入れて流れに浮かべておく引き船と呼ばれる道具や川に立ちこむ為のウエダ―というウエットスーツ、川底の石に付いた苔で滑らないようなフェルトを貼ったアユ靴が必需品なのだ。
これに長さ10メートルにもなるアユ釣り竿が一式ではクルマで行ける処でないと釣りにならない。
ずいぶんとよけいな事をのべたが市内中心部の広瀬川でつりをするのは容易ではないという事だ。約25年前仙台の八幡町のパンションに宿舎をあてがわれていた頃、解禁日がウエ―クデイーの場合仕事を休むわけにはいかず、朝4時ごろ近くの釣り場に着いて釣りを始めると面白いように釣れ、仕事に遅れわけにわゆかず、泣く泣く釣りを切り上げ川に未練を残したまま仕事に就いていた処、NHKのテレビで釣りをしている姿を撮られ放送されていて職場の人達に「今朝広瀬川でアユ釣りをしていたが何匹釣れたの」とバレてしまった事がある。
そういう冷やかしを防ぐため会社にアユを持参して、奥様方の料理教室として使っていた部屋で係の者だけで仕事終了後アユを焼いて一杯飲んでいた処、煙で突然全館に火災報知器が鳴り出し真面目に時間外で働いでいた連中が「火事は何処だ」とばかりに大騒ぎし、数人でひっそりやっていたアユパーテイがバレてやっかみ半分に嫌味を言われた気まずい思いをした。アユの肚わたよりも苦いにがい思い出である。
因みに昨日は家人がスパーで買ってきた紀州産のアユを食べてみた、養殖もすごく旨くなって天然と遜色なくなっている。
折りたたみ自転車で釣り場に向かう工夫をしていた頃
水中から抜きあげ空中を約10m飛ばしてネットでキャッチする瞬間が醍醐味だ