憂国のZ旗

日本の優れた事を様々話したい。

  早坂 隆: ユダヤ難民を救った「もう一人の日本人」を知っていますか?

2019-10-28 21:52:48 | 政治


早坂 隆氏の文章である。
オトポール事件として日本軍の司令官樋口季一郎がユダヤ人救出に満鉄に
特別列車を要請し、その列車で多くのユダヤ人が救出され日本国内で静養された。
後日、この事件に対して許可を与えたのが東条英機である。

軍隊は住民を守らないと言う伝説があるようだが、住民の治安の維持など
最終的に力になるのは、国民の軍隊である。
沖縄戦では幾多の住民が犠牲になり、史上最大の激戦が繰り広げられた事は
記銘すべき事である。圧倒的優勢な米軍に制空権、制海権を取られ
自軍の維持さえも覚束ない状態は、非勢にある日本軍への誹謗にしか聞こえない。

1920年の尼港事件 では日本軍守備隊の武装解除を企図して、軍隊殲滅後に
居留民虐殺に及んだ。WW2は、戦う軍人のみか、国民にも犠牲が及んだ。
戦争の形態は、変遷し今後も違った形態を辿ると覚悟すべきである。
希望があるとすれば、科学技術を取り入れて少ない定員をカバーする事が
被害を最小限に留める。今、ミサイルによる飽和攻撃でどれほど耐える事ができるか?
その前に、サイバー攻撃で指揮機能のかく乱は必死である。
社会インフラの機能を停止された状態で、国民の生命を守る事が重要な課題とも
成っている。

杉原千畝氏が、イスラエル政府から「諸国民の中の正義の人」として表彰されたのは
日本人には誇らしさを感じる。ドイツではホロコーストが為されたが、日本はその様な
事態すら見えない。支那の現状はかってのナチスの行動に似ている。
支那はそれに、IOTで自国民を情報遮断している。(おそるべし)


ユダヤ難民を救った「もう一人の日本人」を知っていますか?
早坂 隆
2018/09/16
https://bunshun.jp/articles/-/8962


「日本人によるユダヤ難民救出」と言えば、杉原千畝の名前を思い浮かべる人がほとんどであろう。だが、実は「ユダヤ人を救ったもう一人の日本人」がいることをご存知だろうか。その人こそ「忘れられた中将」こと陸軍軍人・樋口季一郎である。



陸軍中将・樋口季一郎 ※隆一氏提供
この記事の画像(4枚)
 しかも、樋口は「ユダヤ難民救出」の他、「アッツ島の戦い」「占守島の戦い」においても極めて重要な役割を果たした。大東亜戦争(太平洋戦争)史を通観しても、これほど劇的な生涯を送った軍人は少ない。
杉原千畝の2年前に難民を救出
 杉原による「命のビザ」発給の2年前にあたる昭和13年3月、ソ満国境の地・オトポールに逃れてきたユダヤ難民に対し、当時、ハルビン特務機関長の任にあった樋口は、人道的な見地から特別ビザを発給するよう満州国に要請。ドイツと日本の関係性を憂慮するあまり、ユダヤ難民の入国を拒んでいた満州国外交部に対し、樋口はビザ発給のための指示を与えたのであった。結果、多くの難民が命を救われた。これが「オトポール事件」である。

北海道を「守った」
 その後、樋口は北方軍司令官を拝命。昭和18年5月には、アッツ島の戦いを指揮することとなった。樋口は現地軍への増援を大本営に求めたが、東京の上層部はこれを棄却。アッツ島はあえなく玉砕した。こうして樋口は「先の大戦における最初の玉砕戦の司令官」となった。多くのユダヤ人を救った男は、部下の日本人を助けることができなかった。樋口は号泣したという。
 終戦直後に勃発した占守島の戦いでは、樋口は徹底抗戦を指示。この戦いにより、ソ連軍の暴走は食い止められた。もし、この戦いがなければ、北海道が分断されていた可能性は否定できない。
 樋口とは先の大戦において、これほど重要な役割を演じた人物であった。私は樋口の生涯を考えれば考えるほど、彼ほど多くの歴史的教訓を私たちに示唆してくれる人物も稀有なのではないかと感じる。

文藝春秋 10月号
 そんな樋口は長く「知る人ぞ知る」存在であったが、近年では関心を持つ人々がネット社会を通じて着実に増えつつある。そんな中、今年6月、樋口の孫にあたる隆一氏が初めてイスラエルを訪問し、「ヒグチ・ビザ」によって救出された方々のご遺族と歴史的対面を果たした。「文藝春秋」10月号掲載の「もう一人の杉原千畝 ユダヤ難民救出『80年目の迫真証言』」では、隆一氏に現地報告の他、新たな史料や証言についても話していただいた。
ユダヤ難民遺族のフリードマンさんと対面する隆一氏 ※隆一氏提供





2014年04月20日 16時01分 JST | 更新 2014年04月20日 16時05分 JST
杉原千畝が救ったユダヤ人女性 「私を思い出して」日本に写真を残す
第二次世界大戦中、ナチス・ドイツ政権下で迫害を受けていたユダヤ人6000人に、亡命するためのビザを発給した外交官、故・杉原千畝氏。その際に救われたユダヤ人女性が、感謝を込めて日本人に託した自らの顔写真の身元が判明した。


The Huffington Post
https://www.huffingtonpost.jp/2014/04/20/chiune-sugihara_n_5180745.html


第二次世界大戦中、ナチス・ドイツ政権下で迫害を受けていたユダヤ人6000人に、亡命するためのビザを発給した外交官、故・杉原千畝氏。その際に救われたユダヤ人女性が、感謝を込めて日本人に託した自らの顔写真の身元が判明した。女性はすでに亡くなっているが、家族らが確認したという。時事ドットコムが報じている。
女性はポーランド生まれのソニア・リードさん。ナチスの迫害を逃れて日本に渡った当時は16〜17歳で、写真の裏に「私を思い出してください。すてきな日本人へ」と書き残していた。
北出さんによると、ソニアさんはニューヨーク近郊で夫の板金工場経営を手伝っていた。日本にも2回旅行。生前、3人の子供には欧州からの逃避行について何も語らなかったが、「日本人にはとても親切にしてもらった」と話していたという。
(時事ドットコム「ユダヤ人女性、73年ぶり判明=「私を思い出して」と写真託す-杉原ビザで脱出」より 2014/04/20 14:42)
杉原千畝は外務省の判断に背き、独断でビザを発行したため帰国後、外務省を退職。本人が多くを語らなかったこともあり、1969年にイスラエル政府が表彰するまで、戦時中の行いについては広く知られていなかった。1986年に死去。2000年、当時の河野洋平外務大臣が、杉原氏の遺族に外務省の対応を謝罪した。

第二次世界大戦中のリトアニアで、ナチスの迫害を逃れてきたユダヤ人に対して、日本政府の命令に背いて日本通過ビザを発給し、約6千人もの命を救ったとされる外交官。自らの工場で働くユダヤ人を救ったことで知られるドイツ人実業家、オスカー・シンドラーになぞらえて、「日本のシンドラー」とも呼ばれている。
1900年1月1日、岐阜県八百津町生まれ。早稲田大学高等師範部英語科を中退、外務省の官費留学生として満州(現・中国東北部)のハルビンでロシア語を学んだ後、同省に採用される。満州、フィンランドなどでの勤務を経て、39年にリトアニアの日本領事館に領事代理として赴任した。「命のビザ」を発給したのは、40年夏。ポーランドを追われてきた大勢のユダヤ人避難民が、ソ連・日本を経由して第三国に移住しようと日本通過ビザを求めてきた。杉原は、要件を満たさないユダヤ人避難民にも人道上ビザの発給を認めるよう外務省に願い出たが認められず、悩んだ末に独断で発給を決断。領事館は既に閉鎖が決まっていたが、出国直前までの約1カ月間、発給を続けたという。その後、チェコ、ルーマニアなどで勤務し、46年に帰国。翌年、外務省を退職した。訓令違反のビザ発給を理由に退職に追い込まれたとの思いから、退職後は外務省関係者との交流を断ち、86年7月31日に死去した。
「命のビザ」のエピソードが知られるようになったのは、69年にイスラエル政府が杉原に勲章を授けてからだという。85年1月にはイスラエル政府から「諸国民の中の正義の人」として表彰され、91年にはリトアニアの首都にある通りの一つに「スギハラ通り」と名前が付けられた。故郷・八百津町には92年、「人道の丘公園」がオープンし、生誕100年となる2000年には記念館も設立されている。外務省も1990年代に入ってから当時の経緯の検証など「関係修復」に向けて動き、2000年に河野洋平外務大臣が遺族に謝罪した。
(コトバンク「杉原千畝 とは」より)




反省の色がないぞ、福山幹事長

2019-10-28 21:38:29 | 政治


立憲民主党の言い分で、時事通信記事を読めば、違った事態が見えてくる。

当ブログの見解は、森ゆう子問題は極めて不当なものと理解している。

パワハラと言えば、神戸市のいじめ教師四人の新たな事実が解明された。
その一つが、彼ら教師は指導的立場にあって、いじめに解決の道筋を
示す役割を担っていたと言うが、実際は傷害事件と言う刑事事件の犯人であって
司法が厳罰を持って対処すべき事態である。それと、森ゆう子問題とは
同根で同じ悪質さを感じてしまう。

大津で中学生がいじめにあって自殺に追い込まれた事件では、時の文部科学相は、
対策室を一つ作って逃げ切りを図った。少年法改正、教育委員会の解体などは
当時、充分な根拠をもって提案されたが、今にして、いい年をした大人が、
学校内でいじめと言う事を集団でもって50回も繰り返したのだから、言語道断である。
傷害事件として警察が事件聴取に到らない事態を、怪しむ次第である。

韓国文在寅大統領が一度謝ったからと言ってと表明した言葉が思い出される。
荻生田文科相の首を取りたい枝野代表も福山幹事長も謝罪に対して
思惑から行動する姿は文在寅に酷似している。

13~14歳の子供の生命すら守れない政党が何の思惑か!

必要なのは、文部省改革で、解体の意見さえ見える事態である。

もりかけ事件の結末は、文書をリークした官僚と朝日新聞との惨敗である。
朝日新聞の尻馬に乗った国会議員に正当性など存在しない。
倒閣運動で、捏造に近い質問の数々が、国政の伸展に役立ったとは、
とても思えない。



【野党、「辞任ドミノ」狙う=閣僚追及、沈静化図る与党-国会】
 菅原一秀前経済産業相が政治とカネの問題で辞任し、野党は週明けの国会で、安倍晋三首相の任命責任や閣僚の資質に照準を定めて攻勢を強める構えだ。

 別の初入閣組にも攻めどころがあるとみており、「辞任ドミノ」(国民民主党幹部)を狙う。与党は早期に沈静化を図り、日米貿易協定承認案などの審議を軌道に乗せたい考えだ。

 野党は「重要閣僚の辞任は久々だ」(国民関係者)と勢いづいている。次の標的として念頭にあるのは北村誠吾地方創生担当相だ。

 野党の国会質問が事前に流出した問題に関し、北村氏は23日の国会答弁で「責任問題が生じたときは責任を取る」と発言。その後、内閣総務官室が政府からの流出と推測されると野党に説明し、北村氏は足をすくわれかねない状況だ。

 「責任」発言について、北村氏は25日の記者会見で「一般論として必要な対応を取るとの趣旨」と強調。火消しに躍起になっているが、与党内からも「次は北村氏かもしれない」(閣僚経験者)「内閣委が主戦場になりそうだ」(自民党中堅)と懸念する声が漏れている。

 立憲民主党の枝野幸男代表は26日、水戸市で記者団に、萩生田光一文部科学相を追及する考えを表明した。萩生田氏が24日のBS番組で、地域間格差が指摘される大学入学共通テストに導入予定の英語の民間資格・検定試験に関し、「自分の身の丈に合わせて頑張ってもらえれば」と発言。枝野氏は政治の役割を放棄しているとして、「菅原氏以上に深刻な問題だ」と指摘した。
~以下省略~
(2019/10/27 時事通信)



記事
立憲民主党
2019年10月28日 19:06
萩生田文科大臣「身の丈」発言の謝罪に、「説明になっていない。(民間英語試験の)制度的な不備などに反省の色がない」と福山幹事長
https://blogos.com/article/413650/

福山哲郎幹事長は28日、執行役員会後に国会内で記者団の取材に応じ、萩生田光一文部科学大臣の「身の丈」発言についてコメントしました。記者からの主な質問とその回答(要旨)は以下のとおりです。
Q:萩生田文科大臣が「身の丈」発言について陳謝しましたが
 あの「自分の身の丈に合わせて」という発言は、前後の文脈も拝見をしましたが、もう本当にひどい発言で、「日本の教育は、みんなに万人に受けさせる」という思いを踏みにじる、「格差や差別を固定化しても良いのだ」ということを認めるような発言で、地方で頑張っている学生をはじめ、ある意味で経済的に厳しい状況に置かれている学生からすると、まったくあの発言は看過できないし、許しがたい発言だと思います。

 今日の会見も拝見しましたが、まったく説明になっていない。相変わらず2回は受けられるのだから仕方がない(といった発言や)、今の文科省の制度的な不備、配慮の無さ、準備不足について、まったく反省の色がないということで、この問題について文科委員会で徹底的にこの発言を追及していかなければいけないと思いますし、私は、あの発言は文脈も含めて呆れています。
Q:大臣の辞任求めていく意向はあるのか
 大臣の資質にあらずと、特に文科大臣としてこういった発言をする方を文科大臣に置いておくことは許しがたいことだということは、当然だと思います。文科委員会等でこの発言の本意をただしていくとともに、こんなある意味で無神経な発言をする大臣を許しておいてはいけないと思います。
Q:執行役員会で議論はあったか
 まずは国会でしっかりとこの発言について真意を問いただしていきます。今日の会見ではまったく説明にもなっていないし、釈明にもなっていないというのが、われわれの認識です。
Q:川内理事は今後の委員会は白紙だと発言したが、審議への影響は
 それは相手側の出方にもよりますが、少なくともわれわれはこの発言を看過できないと思っていますので、委員会が開かれれば委員会で徹底的に追及していくし、委員会の開催については現場で判断されると思います。
Q:文科委員会での給特法などの法案審議への影響は
 こんな無神経な大臣の下では、法案審議以前の問題でしょう。
Q:野党は民間試験について対案も出しているが
 対案を出さなければならないくらい、制度的にも文科省の対応が非常に高校生・受験生に不安を拡げているわけです。そのことに対する反省もなく、「身の丈」発言が出たこと自身がもう信じられないですし、法案の対応以前の問題です。このことに対してまず追及をしていくことになります。