話は変わりますが

ギターやゴルフを趣味にのんびり暮らしています。ド田舎でのなんてことない日々を綴っています。

No,472『但馬がどうのこうのじゃなくて』

2014年10月08日 | 思想・雑感
アクセス頂きありがとうございます。

とある音楽仲間から電話。
今後の但馬の音楽シーンについての考えを話してくれた。
ただの内輪の音楽発表会みたいなライブではなく、きちんとした音を提供できるライブをしたいとのこと。
但馬の音楽シーンの『底上げ』をしたいとのことだった。で、企画した際には出て欲しいと。

僕が思うに、但馬だからどうとかこうとか言うのはもう正直しんどいなと。
どこにいようと、やってる人はやってるし、ダメな人はダメだろうし、で、かくいう自分自身に人を引っ張るほどの器もエネルギーも無いので、『盛り上げたい』みたいなことをガツガツ言われるとものすごく引いてしまう。

自分なりに色々動いて来て最近思うに、分かり切った地域性云々を語るのは発展性がなくてナンセンスだなと。
但馬だから、山陰だから、田舎だから、おっさんだから、若いから…みたいな解釈で話をしてても全然面白くない。

何かとダラダラ会議し過ぎである。

ゆるく、ちょっとだけ楽しみながら動き続ければ、自然と好循環が生まれるのでは?

一生懸命補助金使って、中途半端なお役所イベントみたいなことしてても長い目で見たら盛り上がるはずがない。

大人が、普段から子供たちに自然な幸せの形を背中と雰囲気で見せなあかん。

『金がある奴の戯言だ!』

あほ!俺金無いわ!文句たれとるあんたらより!

『国が悪い!行政が悪い!』

あんたどの時代に生きてもそれ言うやろ!

ということで、年金ももらえないであろうこれからの時代、地方も都会も関係なく、生きがいの時代が来ると思う。
それしかない。
一人一人、ちょっと考え方を変えたら、結構幸せなことはたくさんある。
そこに気付けば自然と生きがいは見つかる。
そしてそんな大人たちを見た子供たちは、自然と大人になることに希望を持つ。
日本全国、どっこも結局はまずもって個人の意識がどうなのかであって、国頼り他人頼りの人はどこへ行こうが文句言って終わりな気が。

そもそも日本は恵まれているではないか!そこに気付けない社会は確かに問題な気はするが…
たぶんほとんどはテレビ、新聞、ネットの影響だろうなぁ…

話は変わりますが、

大阪の催事に向けて今せっせと商品のポスターを作ったりしてます。
A3を4枚ズレない様に、原始的なやり方で…

綺麗にできると嬉しい。
これもまた、小さな幸せである。
そういうのをとりあえず積み上げていけば、6:4くらいで良いことの方が多い人生にならないだろうか。

終わり。