前回、使用費用を以下のように定義した。
使用費用=資本装備の増減価額+投資額
これに対して使用費用は機会費用である、という議論も存在する。資本装備を稼働しなかったときの逸失利益を使用費用とする議論である。これは一考に値する。検討してみよう。
使用費用は機会費用か?
ここでケインズの論述に戻ると
「われわれは使用費用を、装備の適切な維持改善に要する費用と他の企業者からの購入額とを加減することによって得られる、装備を使用することによるそれを使用しなかった場合と比べての装備価値の減少だと定義した。そうだとしたら、使用費用は、装備をいま使用しなければ将来のとある期日に獲得されると期待される追加期待収益の割引価値を計算することによって得られるに違いない。ところで、追加期待収益の割引価値は装備を使わずにおくことから生じる更新延期の現在機会価値に少なくとも等しいものでなくてはならず、もしかしたらそれ以上かもしれない。」さらに注として「正常収益以上の収益が将来のとある時期に得られると期待されるがそれでも新装備の生産を正当化する(あるいはそのための時間的余裕を与える)ほどには長続きしないと期待されるときには、それはもっと大きくなるであろう今日の使用費用は、将来のすべての期日における潜在的期待収益の割引価値の最大のものに等しい。」
塩野谷訳の解説では、すなわち
「ケインズにおいては、'user cost' の計算に際して、その値(あたい)は、設備と原材料を使用したばあいに、それらを消耗させることから得られる期待収益の最大値(機会費用)であると、されている。ここで、期待収益の最大値、あるいは、機会費用というものは、使用者が、今期、生産をするか、しないかを決定する際に、原材料と設備の消耗に対する対価である期待収益を、今期および(設備の耐用年数以内の)将来の各期について比較検討して、一番得な期に生産をする意思決定をすることが合理的である。したがって、今期、生産が行われるならば、最大値が期待されるこの期における期待収益が、犠牲にされて今期の生産が行われることなる。その最大期待収益が、今期の'user cost' の値(あたい)であると定義されている。」塩野谷訳 解説
使用費用は機会費用である。という解説である。
筆者の見解は「機会費用とイコールではなく、前回のケース②③から機会費用をも含む」である。
この場合の機会費用は、事後的に失われた、というものではなく、期待に基づいている。
会計原則上の減価償却とは異なった概念であることがお分かりいただけたろうか。
古典派は、利潤=売上―要素費用と考えるが、ケインズは、使用費用の概念を導入し、当期にどれだけの資本装備と労働を「雇用(*)」しようかという企業者の決意によって使用費用は決まる、と考える。当期設備投資の減価償却ではない。既に成された投資量ではなく期待に基づく投資量を問題にしているのだ。
(*「雇用」には資本装備を稼働することも含まれている。Employ: 雇用する、雇う、使う、用いる、使用する、(…に)費やす、(…に)従事する)
この使用費用の概念によって要素費用が十分下がっても、期待使用費用がなお高い場合、遊休資本装備があることが説明できるのである。
期待使用費用が阻害要因となっている
ここで期待使用費用がなお高いというのは様々なケースが考えられるが、一つ挙げてみよう。
使用費用は 使用費用=資本装備の増減価額+投資額 だった。
期首資本装備額が確定しているとするなら、期末資本装備額はどのように決まるのだろうか?
ケインズによれば、期末資本装備額は想定される期間中の期待収益を割り戻したものである。想定される期間中の期待収益が下がれば、期末資本装備額も下がるのだ。マイナスの値を取ることも考えられる。期末資本装備額は期中利益から割り戻したものになるからである。その時だれが生産するだろうか?
機会費用はAとBという選択があり、Aという選択をした際に、Bという選択が生み出した可能性のある利益が費用となる。Aの利益<Bの利益なら機会費用が現実の利益を上回りマイナスとなるという概念である。
それに対して使用費用は現実の生産の阻害要因となる。使用費用が機会費用となるのはBの選択の期待利益がマイナスであってAの選択(生産しない)を取る場合である。
ここまでではケインズは「期間分析」を行っておらず、金融の概念もない。つまり「資本の限界効率」も「利子率理論」も登場していない。ここまでの展開で十全な理解は、まだ、難しいが、バブルの時に積極的に投資を行った企業ほど苦労したことを想起していただければいい。
しみじみ 有効需要と使用費用という概念を創り出したケインズは偉い と思う。
それに、余計なことだが、塩野谷訳の「解説」と間宮訳の宇沢弘文の解題は本当に要らない、と思う。
次回、次々回の第7章で第2篇が終わる。この2回はケインズ一般理論のここまでの神髄となる。乞御期待。