第23章 重商主義、高利禁止法、スタンプ付き貨幣および過少消費理論に関する覚書
前章でケインズは景気循環がなくなった資本主義、完全投資下での資本主義、資本主義の死について言及していた。当時も(今も)資本主義の死を認めたくない人々から様々な提案がなされていた。
ケインズはその代表的なものを検討していくわけだが、それを見る前に触れておかなくてならないことがある。
邦訳のどれもが「意味の分からない訳」になっている箇所がこの章にある。
一箇所でも意味不明では、全体の信用性にも関わるので以下指摘するとともに代わりの訳を提示しておく。
「貨幣契約と貨幣慣行」って何だ?
以下の箇所の意味が分からない
それというのも、貨幣契約と貨幣慣行が相当の期間にわたって多少なりとも固定され、そのために国内の貨幣流通量と利子率が主として国際収支により決定されるような経済、戦前のイギリスがそうだったのであるが、そのような経済では、隣国を犠牲にして貿易黒字と貨幣金属の分捕り合戦をする以外、当局は国内の失業と闘う正統的手段をもたないからである。(岩波文庫 下巻 p137 第23章 重商主義・・・)
問題は下線部分である。「貨幣契約と貨幣慣行」って何だ?聞いたこともなければ調べても分からない。塩野谷訳も、山形訳まで当たってみたが、やはり分からない。この先達たちは気にならないのだろうか?確かに大勢に影響はないのではあるが・・・
原文を当たってみると
For in an economy subject to money contracts and customs more or less fixed over an appreciable period of time, where the quantity of the domestic circulation and the domestic rate of interest are primarily determined by the balance of payments, as they were in Great Britain before the war, there is no orthodox means open to the authorities for countering unemployment at home except by struggling for an export surplus and an import of the monetary metal at the expense of their neighbours.
問題の箇所は
an economy subject to money contracts and customs more or less fixed over an appreciable period of time
をどう訳すか。ポイントは money contracts とcustoms more or less fixed over an appreciable period of timeである。
ここで前節で
「20世紀前半のイギリスでは対外貸付と海外資産の購入によって金が流出し利子率が低下せず完全雇用の実現が阻止された」
とあったのを思い出すとmoney contractsはmoney contraction のことだと分かる。「money contraction:貨幣収縮」となりcustomsは関税のことだと分かる。
つまり、「貨幣が収縮する傾向にあり、関税がかなりの期間にわたっておおむね固定された経済」である。
どう訳していいか分からないと逐語訳になる。逐語訳では意味が分からない。そういう時は訳注で触れるべきだろう。というのが「重要な指摘」である。
以下の訳が正解である。subject to は「~しがち」「~の傾向にある」と訳した。
それというのも、貨幣が収縮する傾向にあり、関税がかなりの期間にわたっておおむね固定され、そのために国内の貨幣流通量と利子率が主として国際収支により決定されるような経済、戦前のイギリスがそうだったのであるが、そのような経済では、隣国を犠牲にして貿易黒字と貨幣金属の分捕り合戦をする以外、当局は国内の失業と闘う正統的手段をもたないからである。
*金本位制の下での国際貿易は金の流入・流出によって国内景気が左右され、貿易収支が調整される。金本位制の自動調整機構である。
一般理論を理解するうえで絶対に欠かせない本
小野善康著 景気と国際金融 岩波新書
一般理論は「閉鎖経済系」を前提としており、国際貿易、国際金融理論は書かれざる一章である。第23章は、ケインズの国際貿易、国際金融理論の一端が登場する。
この一端から国際貿易、国際金融理論を発展させた人が日本におり、そのエッセンスが岩波新書で出版されているのである。これを買って読まない手はないだろう。
激しく推薦する。超弩級の名著である。
小野善康著 景気と経済政策 岩波新書
およそ入門書というものに読む価値はないと考えているが、これは別格。入門書とうたっているわけではないし、ケインズの名前も出てこないが・・・
岩波は以下のように紹介している。
「不況が深刻化・長期化する中で,様々な議論が噴出している.大胆なリストラが有効なのか,減税で需要を刺激できるのか,それとも公共投資が行われるべきなのか.経済動向を「供給側」「需要側」のどちらから見るのかで,政策の方向性がいかに違うかを説き,財政支出,財政負担,金融問題などでの課題を明確にして,構造改革の途をさぐる. 」
小野先生は話も面白いのだった
ついでに日本記者クラブでの講演のリンクを貼っておく。
面白いです。