<羽(はね)なければ、空をも飛ぶべからず。竜ならばや、雲にも乗らむ>。今から八百年以上前、都を襲った地震を経験している鴨長明は『方丈記』に思いを記した。羽がないので飛べない、竜であるなら、雲にも乗ろうと▼飛んで帰れるなら…。一昨日の夜から未明にかけて、駅にできた長蛇の列の中、そんなことを思った方がいたかもしれない。首都圏を揺れが襲った。犠牲者が報じられていないのが何よりだ。不安の一夜を過ごした方、首都圏に震度5強のニュースを緊張して見た方は多いだろう▼交通機関が一時止まり、いわゆる「帰宅困難者」が多数出た。エレベーター内に閉じ込められたケースや複数の水道管に破裂なども起きている。駅が開放されるなど、経験を生かした対応もあったようだが、大都市は災害への弱みをまたみせた▼いつか見た光景である。帰宅困難者の問題を大きく浮かび上がらせたのは十年前の東日本大震災だった。最大震度5強も、それ以来だという▼あの経験を忘れる人はいないとはいえ、十年の時が流れれば、記憶が少し奥に退いてもおかしくないだろう。首都圏直下型の大地震も懸念されている。思い出そう、いずれ来る災害に備えよ。駅の混乱など既視感のある光景は、語っているようだ▼われわれは空を飛んで逃げ出すことのできない地震の国に生きている。あらためて、そんなことも思う。