「はやく行きたければ一人で進め。遠くまで行きたければみんなで進め」。岸田さんが所信表明演説で言及していた、ことわざである▼強い眠気を誘った前任者の棒読みを思えば岸田さんの演説はまだ聞きやすい。経済的格差を協調によって乗り越えようと訴える、この言葉も印象的だった▼同じことわざを二〇一六年の米民主党全国大会でブッカー上院議員が引用して話題になったが、そのオリジナルがはっきりしない。ノーベル平和賞のアル・ゴアさんも気候変動問題への取り組みを訴えるのに引用したことがある▼アフリカのことわざという説がある。助け合いながらみんなで進むことを良しとする内容は西洋の個人主義とは異なる。アフリカらしいおおらかさや包容力も感じるが、現地では聞かないという報告もあるそうだ▼もう一つ有力なのが英国の詩人キプリングの詩からという説。ただ、内容は「最もはやく到着する人間は一人で行く者である」「遅れる人間を待つのはおろか」と、ことわざの意味とはまるで違う▼ともすれば、キプリングの詩の方になびきやすく、われ先にと進み、遅れる者を見捨ててしまう世の中かもしれぬ。その風潮の中にあってみんなで進もうとどう説得し政策を展開していくのか。岸田さんの旅の荷物は重かろう。言葉は美しくとも、それができなければ、この新政権も遠くまでは行けまい。