かつて担当した役所の敷地には、職員が「内示桜」と呼ぶソメイヨシノがあった▼周辺の桜より早咲きで、四月の定期異動の内示がある三月下旬に見ごろになるのが由来と聞いた。栄転が決まった人も、不本意な行き先を告げられた人も、花を眺めながら思いをめぐらせた。担当課によると、台風で損傷して十数年前に撤去され、後継のソメイヨシノが植えられたという▼きょうは四月一日。新人の職員のみならず、異動に伴い新たな職場に出勤する人もいる▼アート引越センターのシンクタンクの調査によると、法人の転勤は過去二年、コロナ禍で抑制されたが、今春の転勤需要は前年より高いとみられている。企業がコロナ対応に慣れ、異動規模も回復傾向とか。特別な思いで桜を眺める勤め人は一年前より増えたかもしれない▼桜は高地より低地で早く咲くものだが、お天気博士の倉嶋厚さんは、沖縄の桜の名所で昔、周辺の山の高い所ほど開花が進んでいるのを見たと著書に書いている。春の花は暖かいほど早く咲くが、その前に一定の寒さを経ないと休眠していた芽が目覚めず、花は咲かない。沖縄は暖かさが十分なため、寒さを早く経験する高地から順に花をつけたという▼つらい寒さを経てこそ花も咲くという教え。かの内示桜の後継は、先代と違って早咲きではないという。人も桜も、花咲く時期はそれぞれである。