「鰊群来(にしんくき)」。四、五月、ニシンが産卵のため北海道の西海岸に大群となってやって来て、その放つ精液によって海面が乳白色に見える現象のことだ▼晩春の季語だが、『新日本大歳時記』(講談社)によると「鰊群来」「春告魚」「鰊曇」「鰊場」など、ニシン関連の「季題は今日は消滅して」と紹介されていた▼消滅の背景はニシン漁の衰退である。明治から大正期に栄え、「ニシン御殿」に象徴される巨大な富をもたらすも、その後は漁獲高の激減によって急速に下向く。乱獲などが原因になった可能性もある▼<あれからニシンはどこへいったやら>。歌謡曲ファンなら北原ミレイさんの「石狩挽歌」のメロディーが浮かぶか。お兄さんがニシン漁の失敗で負債を抱え、一家離散につながった作詞家、なかにし礼さんが漁の衰退と悲しい記憶を詞にしたためた▼<どこへいったやら>のニシンはどうやら少しずつ北海道に帰ってきている気配である。地元紙によるとこの春の北海道のニシン漁は好調で、過去二十年間で最高という漁場もあるそうだ。「鰊群来」が確認できる場所も増えてきている。朗報に切ない「挽歌」より<ニシン来たかと>の「ソーラン節」の方を歌いたくなる▼長年の資源管理が実を結びつつあるそうだ。往時の漁獲高にはほど遠いとはいえ、この復活の兆しを二度と<どこへいったやら>にしたくない。