五年ほど前、旅館で先輩記者と大げんかになった。原因はトイレである。酔った先輩が部屋のトイレで立って小用を足そうとして的を大きく外した。ご存じだろう。旅館の浴衣を着て用を足すのはなかなか難しい上にお酒が入っている。結果、地獄絵図である▼今も腹が立つが、この先輩、あろうことか、報告すべき事実を隠し、そのままにしていた。知らずに後から入った自分は絶叫することになる▼先輩の不始末を非難し、「今の時代、こういうトイレでは小用も座って済ませるものだ」と説得するが、相手はわびながらも「立つのが普通」と譲らぬ。オジサン二人が夜中に口論である▼あほうな話を思い出したのは最近の調査結果である。生活家庭用品メーカー、ライオンの調べによると、男性で便座に座って小用を足す人はもはや六割を超えているそうだ。「それみたか」と、あの先輩に伝えたくなる▼「座り派」に転向したのは単身赴任をした十数年前である。汚せば、掃除するのは自分。汚すリスクを軽減するため、座るのは自然なことだったし、その習慣は単身生活後も続く。同居する人間を怒らせるリスクも回避できる▼「座り派」が増えたのはコロナの影響で清潔への意識が高まっていることもあるそうだ。昔懐かしい漫画のせりふに「立つんだジョー」というのがあったが、時代は「座るんだショウ(小)」か。
一九〇一年の正月、報知新聞が「二十世紀の予言」を掲載した。二十数項目の中には、東京と神戸を二時間半で結ぶ列車やエアコン、ファクス、電子メールのような機械、技術の登場など的中と思わせる見事な予言が多く、二十世紀の終わりごろ、驚きとともに話題になった▼獣との自由な会話など、外れもある。天災をひと月前に予測し、大砲を撃って暴風を防ぐというのもあった。当時から防災への切実な願いが存在していたのだろう。残念ながら現実は予言ほど進んではいない▼果たされなかったその予言をいつの日にか、現実のものにしてくれるのではないか。今月、横浜国立大に設置された台風科学技術研究センターには、そんな期待もしたくなる。台風に関連するさまざまな分野の第一線の専門家らが力を合わせ、防災、減災を目指す。日本初の台風専門の研究機関という▼メカニズムに謎も多い台風を詳しく観測し、データを解析する。高精度の予測もテーマであるという。大砲ではなく、上空から投下する氷などで、勢力を弱める研究をしている方もいるそうだ▼風力を発電に利用する研究もある。前世紀は、数千人の命を奪う台風が列島を襲った。今は凶暴化が恐れられている。切実な思いは変わらない▼時間はかかるのだろうが、予言に応えるような二十一世紀の画期的な成果が報じられる日が来るかもしれない。
ニューディール政策で名高いルーズベルト米大統領には就任前、軽量政治家の印象があったそうだ。米メディアによると、俳優出身のレーガン氏も「カンニングペーパーなしにはしゃべれない人物」とみられた。新自由主義的なレーガノミクスを進める大統領となる。「前評判と違う」と人々を驚かせた大統領たちである▼現在のバイデン氏も大統領選では「トランプ氏の対抗馬」の印象が強かった人であろう。七十代後半の年齢もあり、過渡期の人ともみられていたはずだ。「ねぼけたやつ」を意味した、トランプ氏による「スリーピー・ジョー」の揶揄(やゆ)は、痛いところを突いたようにも感じたものだ▼それがどうだろう。異例の規模の歳出拡大を盛り込む予算教書を発表した。レーガン氏にさかのぼる「小さな政府」から、「大きな政府」へ米国の大転換を意味している。前評判の印象とは少々異なる大きな手を打っている▼「トリクルダウンが機能したことはない」とも断言する。富める者が豊かになれば、貧しい者にも恩恵があるとする理論の否定だ▼新自由主義的な政策の下で拡大し、固定化している格差を根本から是正しようとする決意の表れだろう▼大きな政府の弊害も指摘されている。議会の抵抗も考えられる中で、かじ取りは続く。わが国からも、米国が目指す方向の変化を、驚きつつみることになりそうである。
一見、関係なさそうなところに意外な影響が及ぶ。古くからある、風が吹けばおけ屋がもうかるという例えについて、物理学者の寺田寅彦は<一場の戯談(じょうだん)もあながち無意義な事ではない>と随筆で述べた。宇宙にある無限の事物も互いに関係しないものはないと。「万物相関」なる言葉も使って、説いている▼なにやら難しい話になったが、遠い土地の天候やコロナの感染状況が思いがけないかたち、早さで及ぶような出来事が多くないか。コロナ禍が万物の関係を近くしたかと思わされる昨今だ▼菓子やマーガリンといった身近な食品などで、値上げが相次ぐ。ガソリンまで高い。風とおけ屋ほどの遠いつながりでないが、世界で経済回復への期待が高まり、大消費国の需要が拡大し、そこに農作物の産地で天候の不順が起きて、投機的な動きも加わり、最後には家計の痛みになる。そんな流れがあるようだ▼しばらく前には、木材の高騰が起きている。米国の在宅勤務者の増加が、米国の住宅着工の拡大につながり、わが国に影響が及んだそうだ▼蛇口の盗難事件というのも起きているらしい。公共の場などの水道の蛇口である。コロナ禍から回復途上の中国などで金属の需要が高まって、価格が上がり、盗む対象になっているという▼コロナが収束に向かえば蛇口が消えるでは、冗談にならない。万物相関の時代のいやな話だ。