〈2018.10.13 sat〉
高校の同窓会を奈良橿原神宮で開催
“橿原神宮”
“橿原ロイヤルホテル”和食レストランまほろば
まほろば御膳
食前酒 果実酒
前菜 秋の味覚盛り合わせ
椀替り 鱧と松松茸の土瓶蒸し
造里 海の恵み
揚物 太刀魚変り揚げ
海老蓮根挟み揚げ
かます竜田揚げ
野菜天婦羅
蓋物 金目鯛大和蒸し
食事 松茸きのこ御飯
留椀 赤出汁
香の物 三種盛り
水菓子 名物デザート
目玉焼きではありません
名物デザート
オレンジゼリーとココナッツゼリー のような・・・
皆さんで近況など交えて歓談の後、タクシーで飛鳥巡り
“石舞台古墳”
中学生の頃の家族旅行で訪れて以来の石舞台古墳
懐かしさと、整備されて雰囲気が随分変わったという思いが交錯する
“キトラ古墳”
11名と少人数での開催でしたが、思い出に残る会でした
n西村さん、現地のアテンドありがとうございました
hさん、ご挨拶と話題の発掘、ありがとうございました
y子さん、行き届いた司会、ありがとうございました
「お正月以外の時期に、松阪以外の場所で、観光も兼ねて」と、
初めての試みでしたが、少人数に相応しく、イロイロお話 もでき、
皆様の思い出に残る会になったと思います
飛鳥はとても素敵なところですネ
改めて徒歩で巡りたいと思いました
2020/10/18を楽しみにしています
ありがとうございました
〈2018.04.08 sun〉
y子さんのお誘いでクラブツーリズム“吉野山千本桜たっぷり5時間滞在”に参加
06:00 起床
07:20 出発
08:11 津駅発「あおぞらⅡ」乗車
09:13 桜井着
バスで吉野へ
道の駅で休憩
11:00 吉野着
如意輪寺下駐車場で解散
如意輪寺
水分神社
金峯山寺
15:30 観光バス駐車場に集合
16:30 桜井着
17:48 桜井発「あおぞらⅡ」乗車
19:07 津着
昨日から寒の戻りで寒い
しかし今年は春の訪れが早く3月上旬から暖かかった事もあり、
吉野の山は既に葉桜
例年どおりの桜の開花予想で旅の予定を立てツアーに申し込むため、
葉桜に覆われた吉野の山はスゴイ人
私達も例外ではない。駐車場でバスを降り“如意輪寺”に参拝
水分神社に向かう
竹林院を過ぎた辺りでバスに乗ろうとしたが待ち時間が3時間も
とにかく山を登る事に
と云うより私とダンナとならここで引き返したと思うが、
今日は強力なm美さんが先頭を進むので、兎に角前進
1時間程登ったか
“水分神社”に到着
来てよかった
境内の桜が満開で檜皮葺の屋根を覆うように咲き誇る
山を降りる途中、民家の庭に咲く桜
昨年同様“cafe kitorii”で休憩
「ソフトクリームぜんざい葛餅入り」も同じやった
駆け足でしたが“金峯山(kinpusen-ji)”の御本尊「金剛蔵王大権現」を参拝
桜井迄の渋滞を予測し集合時間は15:30とかなり早い設定となった。
金峯山寺から集合場所迄の移動時間が分かり辛く、
添乗員さんの携帯電話に問い合わせをし、
集合時間に間に合わせるため、観光バス駐車場迄は本当に駆け足で山を降りた
山を登ったり掛け降りたりと、限られた時間で吉野を堪能したおかげで
車中では居眠り
添乗員さんの予想を裏切り吉野から桜井迄、1時間で到着
電車の乗車時間迄1時間以上も
バスが到着した桜井駅北口周辺にはこれと言って時間を潰せるような場所も無く、
駅構内の喫茶店に入り、4人分の席を確保した
“Cafe Rakia”
期待していなかったけど(スミマセン)Surpriseこれぞ旅の楽しみ
夕食はm美さんが吉野“にしや”に並んで買ってくれた柿の葉寿司
他のお店と違い「鯖」だけ
こだわりッ
葉桜ではありましたが、水分神社迄足を延ばし、吉野を満喫
ですが、思うところもイロイロ
このツアー、名古屋発着で、近鉄の一部駅からの乗車も可能
団体扱いの貸し切り列車という事で、ツアー参加者に対して切符の配布は行っていない。
名古屋駅では添乗員が同行して乗車するので切符の必要が無いと思われる。
しかし途中の駅から乗車する場合、各自で入場券を購入し貸切列車に乗車する。
入場券は2時間以内の利用のため、
下車する際は添乗員に「下車証明書」を発行して貰う。
津駅で下車する9名に対し下車証明書の発行は1枚。
全員で改札を通過する。
しかも私達4名以外の利用者への声掛けを添乗員が行わず、各自でと言われた。
流石にほぼ初対面の参加者を取りまとめる事迄は受け入れられず、
お断りした。
これらの仕組みについて、こちらから照会する都度の説明で、ややもどかしい。
旅行業界はサービス業。
添乗員はせめて三手先を読んで行動してほしい。
桜井駅からバスで吉野に向かう途中、道の駅でお手洗い休憩をとった。
主催者側としてはお弁当をバスに積み込むのが目的の休憩。
しかし駐車場が狭いため、駐車する迄にかなり時間がかかった。
20分間の休憩という事でお手洗いに並んだ方もみえたが、
私達のバス以外にもかなり多くのバスが駐車し、
乗客がお手洗いに行列を作った。
結局20分の休憩時間内にお手洗いを済ませる事が出来ない乗客が大半。
これでは意味がない。
吉野での滞在時間を5時間と設定したツアーであるにも関わらず、
復路の渋滞という理由で滞在時間が短縮。
添乗員からはバスが渋滞に巻き込まれる事で
予定の列車に乗り遅れては困るとの説明があったが、
滞在時間短縮については触れられなかった。
説明に言葉が足りなかったという事で残念。
吉野では簡単なイラストマップを渡され、集合場所と集合時間の説明があり、解散。
モノクロのイラストマップなので距離感が分かりずらい。
最後の見学場所“金峯山寺”から観光バス駐車場迄、徒歩での所要時間が分かりずらい。
私は昨年訪れており、おおよその位置関係が分かっていたが、
初めて吉野を訪れる観光客には分かりずらいと思われる。
そのためか、16:30の集合時間に遅れて戻る方が1組。
しかも本人からも添乗員からもお詫びや説明はなく、
何だか待ち惚けをして肩透かしを食らった感じがした。
ジョークを交え簡単にお詫びの言葉があれば良かったのにと思った。
また、桜井駅北口での1時間以上の待ち時間についても説明は無く、
近くに時間を過ごす場所も無く、無駄な時間を潰す事になった。
いろいろ言えば切りがないですが、配慮に欠けると感じる事も多々ありました。
今日は久しぶりに辛口です
〈2017.11.03 fri〉
06:00 起床
07:30 私の安全運転で奈良へ
08:50 高畑駐車場到着
09:00 奈良国立博物館第69回正倉院展
“奈良国立博物館第69回正倉院展”
いつもより行列が長~い
快晴文化の日
しかも今日から3連休
9:00に行列に並び、09:45漸く入館できた
行列に並ぶ間にスマホで予習
今年の正倉院展には、北倉(10件)中倉(25件)南倉(20件)聖語蔵(3件)から
58件の宝物が出陳され、初出陳は10件。
聖武天皇ゆかりの北倉からは、
本展ポスターに採用された羊木臈纈屛風(ひつじきろうけちのびょうぶ)が出陳。
漆槽箜篌(うるしそうのくご)(南倉)は竪形(たてがた)ハープの1種で、
アッシリアに起源があるとされる。
緑瑠璃十二曲長坏(みどりるりのじゅうにきょくちょうはい)
濃緑色のガラス製長楕円形の杯で、ササン朝ペルシアの遺品にみられる器形で
ゆるやかな曲面に沿って植物文様が陰刻され、
長側面の口縁近くにはうずくまるウサギ、
短側面にはチューリップに似た大輪が表されている。
鉛ガラス製で、鉛分を多く含んでいることから中国製と考えられる。
器は非常に美しく力強い深い緑色「深碧(しんぺき)」で、
照明をあてて鏡に映した色は透明感のある鮮やかな緑色「鮮緑」
美しい
凄い人なれどイヤホンガイド聞きながら見学できた
11:30見学を終え、先に“志津香”の行列に並んだダンナに合流
ダンナは10:45から並んだらしいが、今50人目くらいかなぁ~
毎度の事ながら凄い人
別の処に行こうと言ったが、ダンナはここに並ぶと言う
ダンナが行列に並ぶ間、私は“氷室神社”に参拝
枝下桜が弱っているらしい
「氷みくじ」というのを初めて見た
引いたおみくじを氷に貼り付けると文字が浮かび上がる仕組み
“氷献灯”というのも有るらしい
12:00から私も“志津香”の行列に並ぶ
先頭から5組位にメニューと番号札が渡される
12:30漸く“志津香”の店内に入るが、テーブルに案内されるのではなく、
入口の待合所で待ちここで注文をする
奈良七種釜飯に炊きあわせが付いた「奈良七種釜飯定食\1,998」を注文
11:45カウンター席に案内され、まだまだ待つ
13:00昼食
美味しい
私達がお店を出た時、マダマダ多くのファンが行列に並んでいた
お腹は満たされましたがやはり待ち時間2時間強で体力と気力を消耗し、
なんとなく向かった世界遺産“春日大社”
1km余りりの緩い登りの坂道を東大寺の前を通りまだまだ歩く
最近walkingを止めたからか、足取りが重い
「二之鳥居」
鹿
「参拝所」から見上げる「中門・御廊」
「林檎の庭」
「大杉」
周囲7.94m、高さ23m、樹齢1,000年
大杉の根本から斜めに伸びているのはイブキ(ビャクシン)で、
直会殿の屋根に穴を開けて成長している。
「回廊」
「直会殿」
「万燈籠再現 藤浪之屋」
春日大社をもっと知り、時間をかけて再び参拝したいと思いました
ささやきの小路から高畑“たかばたけ茶論”へ
夕暮れの「浮見堂」
「興福寺」
「東金堂」「五重塔」
「たなかの柿の葉すし」を買って夕食にいただきました
鯛・鮭・鯖
羊木臈纈屛風(ひつじきろうけちのびょうぶ)
羊木臈纈屛風(ひつじきろうけちのびょうぶ)
茜や緑青で彩色された
異国情緒あふれる図様が目を引くろうけつ染めの屏風。
樹下に佇む羊と猿をモチーフに
手織りの麻布に染めました。
奈良博originalの模様です。
今日の記念として自分用に、
羊木臈纈屛風をデザインしたスマホケースを購入
13,664歩
復路も私が運転した
ナンデェ~
〈2016.10.30 sun〉
05:50 起床
07:00 ダンナの運転で奈良へ
08:30 高畑駐車場着
09:45 奈良国立博物館は既に長蛇の列
09:20 漸く入館
イヤホンガイドの行列に再び並ぶ
会場は黒山の人だかり
意を決して私も黒山になる
11:00 早めに見学を済ませて“志津香”の行列に並んだダンナからメール
10人の行列をクリアして着席できたらしい
私も急いで“志津香”に移動
11:10 “志津香”でlunch
牡蠣を期待していたのに今年はマダ
栗と海老の釜めしを注文
12:00 “下下味亭”で珈琲
12:30 散策
“正倉院”
“奈良女子大学記念館”見学
“平宗”で柿の葉寿司購入
“今西本店”で奈良漬購入
“瑜伽”で今井一美さんの作品を一点購入
“樫屋”で休憩
15:30 高畑駐車場から自宅へ
今月はイベントが少なかったしィ
会社で正倉院展のチケットgetできたので、ダンナと奈良に出かけた
早起きして07:00出発
下り名阪国道は結構混雑
休日なのにトラックが多い
ダンナの安全運転で高畑駐車場に到着
この時期いつもならダウン着用なのに、晴天で例年より暖かい
09:45奈良国立博物館は長蛇の列まだまだ列が延びる
09:00開館なのに、入館できたのは09:20
会場は黒山の人だかり
例年の事ながら正倉院展は大人気イベント
“第68回正倉院展”
奈良国立博物館
【主な出陳品】(奈良国立博物館HPより)
北倉44 鳥木石夾纈屏風[とりきいしきょうけちのびょうぶ]
[第1・2扇](板締め染めの屏風) 2扇
図様を彫 り込んだ板に布帛(ふはく)を挟んで染色する夾纈(きょうけち)の技法で、樹下に見返る尾長鳥(おながどり)を左右対称になるよう表した6扇からなる屏風(びょうぶ)のうちの2扇。樹下に鳥獣を表す構図はペルシアに起源が求められるが、国産の絹(絁)(あしぎぬ)が用いられることから、中国の花鳥画の伝統を踏まえ、わが国で製作されたと考えられる。『国家珍宝帳』(こっかちんぽうちょう)に記載された、聖武天皇にゆかりの品である。
北倉43 漆胡瓶 [しっこへい](ペルシア風の水差し) 1口
丸く張った胴部に鳥の頭を思わせる注口(ちゅうこう)をのせ、裾広がりの台脚(だいきゃく)と湾曲する把手(とって)を備えた水瓶(すいびょう)。テープ状にした木の薄板を巻き上げる巻胎(けんたい)技法によって素地(きじ)を成形し、全体に黒漆(くろうるし)を塗った上に、文様(もんよう)の形に切り透かした銀板を貼る平脱(へいだつ)技法で山岳や鹿、オシドリなどを施し、広々とした草原に禽獣(きんじゅう)が遊ぶ様子を表す。西方に由来する器形と、東アジアで編み出された巻胎技法・漆芸技法とが融合した、まさに当時の国際的な交流の産物といえる品である。
北倉170 出入帳 [しゅつにゅうちょう](宝物出入の記録) 1巻
宝庫北倉の宝物について、倉からの出入を記録した文書(もんじょ)。天平勝宝8歳(756)10月3日に薬物の人参を施薬院へ出蔵した時から、延暦3年(784)3月29日に王羲之(おうぎし)の書法8巻が返納されるまでの記録を年次順に整理する。天平宝字6年(762)12月14日には、欧陽詢(おうようじゅん)の真跡屏風(しんせきびょうぶ)12扇が道鏡(どうきょう)に貸し出され、2年後の7月27日に返却されたことが記されており、これは宮中以外への最初の出蔵として注目される。文中には良弁(ろうべん)や慈訓(じくん)といった高僧の自署もみられる。
中倉158 楩楠箱 [べんなんのはこ](献物箱) 1合
仏・菩薩(ぼさつ)への献納品(けんのうひん)を納めて仏前に進めるのに使用したと考えられる箱を献物箱という。本品はクスノキ材製で、蓋の側面が身の側面と同一面となる印籠蓋造(いんろうぶたづくり)の箱である。ほぼ方形に近い長方形をなし、角は丸め、蓋は大面取(おおめんとり)して簡潔な器形を作りだす。「楩楠」はクスノキの根元に近いこぶになった部分や土中の根から得られた複雑な木理があらわれた素材を指すが、この楩楠をふんだんに用いた本品は、木理の霊妙な美しさが特筆される品である。
中倉177 粉地金銀絵八角長几[ふんじきんぎんえのはっかくちょうき]
(献物用の台)1基
仏・菩薩(ぼさつ)に捧げる献物(けんもつ)を載せた木製の台。花をイメージした長八稜形(ちょうはちりょうがた)の天板に、華足(けそく)と呼ばれる植物をかたどった脚を取り付けている。天板の上面は、縁を白く塗り、中央では緑青(ろくしょう)を重ねて淡緑色としている。天板の側面には、白地に銀泥(ぎんでい)で草花文を表して、随所に飛鳥を描いており、下縁には金泥(きんでい)で連珠文(れんじゅもん)を配している。天板裏面に記された墨書(ぼくしょ)より、東大寺にかつて存在した東小塔院(百万塔を安置した院)にて使用されたと考えられる。
南倉109 笙 [しょう](管楽器) 1管
笙は長短17本の竹管を壺と呼ばれる円筒形の部材の上に並べた管楽器。本品は管と帯に、竹に人工的に斑文を描き出した仮斑竹(げはんちく)を用いる。木製黒漆塗(くろうるしぬり)の壺には、文様(もんよう)の形に切り透かした銀板を貼り、その上から全面に漆を塗布し、後に文様部分の漆を剥(は)ぎ取る銀平脱(ぎんへいだつ)という技法で、側面に含綬鳥(がんじゅちょう)、草花、腰掛けて笙を奏する人物、底面には向かい合う2羽の含綬鳥を表している。底面と竹管の1管に「東大寺」の刻銘があり、東大寺の諸法会(ほうえ)で用いられたとわかる。
南倉184 大幡残欠 [だいばんざんけつ](大型の染織幡) 1旒
大型の布帛(ふはく)製の幡。錦と綾を組み合わせて作られた幡頭(ばんとう)と幡身(ばんしん)の一部(6坪あったうちの4坪分)に加え、組紐(くみひも)の舌(ぜつ)と幡手(ばんしゅ)が残る。当初はこれに幡脚(ばんきゃく)と脚端(きゃくたん)飾りが付いたので、総長は東大寺大仏に匹敵する13~15メートルに及んだと推測される。天平勝宝9歳(757)に東大寺大仏殿で執り行われた聖武天皇の一周忌斎会(さいえ)にて法会(ほうえ)の場を飾ったものの一つである。染織工芸の粋を尽くした豪奢で巨大な幡は、わが国に花開いた天平文化の精髄を伝えるにふさわしいといえよう。
南倉185 大幡脚 [だいばんのあし](大幡の脚) 1条
大幡には1旒(りゅう)につき、12条の脚が少しずつずらしながら重ねられていたと推測されており、いずれも継ぎのない1枚の一重(ひとえ)の綾で、左右の端には暈繝染(うんげんぞめ)の絁(あしぎぬ)の縁裂が縫い付けられている。表裏両面に諸色の綾を用いた花形裁文(さいもん)と半切した花形裁文が交互に配置され、一層華麗に装飾が加えられている。 本品は大幡脚の残存する1条で、裁文が交互に配置されるに至らず、長大な脚の一部分に過ぎないが、それでも長さは2メートル近くあり、巨大な染織幡を彷彿させるのに十分である。
南倉180 浅緑地鹿唐花文錦大幡脚端飾
[あさみどりじしかからはなもんにしきのだいばんのきゃくたんかざり]
(大幡の脚のかざり) 1枚
大幡の脚の先に付けられた緯錦(ぬきにしき)製の飾り。中央に花文に囲まれた1頭の鹿を主文として配し、副文として五(ぐ)の目に花菱文(はなびしもん)を置いている。大幡の偉容を伝える巨大な脚先飾りでありながら、わが国の好みに傾いた穏やかな雰囲気を湛えており、製作年代も確かめられることから、わが国の染織品の展開を捉える上で重要な作例の一つに数えられる。同文同色の2枚の裂(きれ)を合わせて大幡脚(だいばんのあし)を挟んでいたもので、上辺に覗いているのは8と同様の大幡脚に用いられた緑綾の一部である。
南倉174 銀平脱龍船墨斗 [ぎんへいだつりゅうせんのぼくと]
(象嵌(ぞうがん)装飾の墨壺(すみつぼ)) 1口
船形の墨壺(すみつぼ)で、龍頭形(りゅうとうがた)の装飾を付ける。現在糸車や、船体部両側、鼻先、尾部等を欠失するが、概ね当初の形状を保持している。広葉樹材製で、表面には黒漆(くろうるし)を塗って、文様(もんよう)のかたちに切った銀の薄板を貼り付けていたが、龍頭先端の一部を除いてほとんど剝落(はくらく)している。墨壺としては大型で、装飾性が高いことから、実用ではなく儀式用であったと考えられる。 なお、龍頭船に似るためこの名が付されているが、仏教美術に表される想像上の怪魚・マカラ(摩竭魚)を表したとする説もある。
南倉8 磁皿 [じざら](二彩(にさい)の大皿) 1口
二彩(にさい)技法で加飾された大型の皿。白色釉(ゆう)のみを施す底裏を除き、白色釉と緑釉を斑(まだら)に塗って焼き上げている。縁が立ち上がった平たい鉢形で、低い高台(こうだい)が付く。見込みには浅く円形が刻され、見込み及び底裏の中央に各1箇処トチン痕が遺っている。底裏の墨書(ぼくしょ)より、天平勝宝7歳(755)7月19日に行われた、聖武天皇の生母である中宮・藤原宮子(ふじわらのきゅうし)の一周忌斎会(さいえ)にて、聖僧供養(しょうそうくよう)の食作法(じきさほう)に用いられたものと推測される。技法や胎土よりわが国で作られたものであることがわかる。
中倉195 唐草文鈴 [からくさもんのすず](かざり金具) 10口
宝庫には多数の鈴や鈴形の玉が伝わる。明治期以降の宝物整理において、同じ形のものを銅線などで括って一括保存がなされた。本品はその中でも最も数が多いもので、728口を数える鈴のうちの10口を銅線で繋いでいる。銅に鍍金を施した球体の中央に鍔(つば)をめぐらし、上部には鈕(ちゅう)を鑞付(ろうづ)けして、下半部は鰐口様(わにぐちよう)の口を開けている。鈴身全体には魚々子地(ななこじ)に唐草文(からくさもん)を線刻している。鈴身の内部には不整形の鉄塊(てつかい)を入れており、涼やかな音を響かせていただろう。
南倉174 アンチモン塊 [あんちもんかい](アンチモンのインゴット) 1箇
アンチモンは金属の一種(記号Sb)で、銀白色の光沢があり、もろく、毒性がある。15世紀頃、西洋で元素として知られるようになり、金属活字などの合金に主に用いられてきた。現在は半導体など電子材料の用途として重要である。本品は金属の鋳塊(ちゅうかい)(インゴット)。白銅塊(はくどうかい)と呼ばれてきたが、近年の調査によりアンチモンと判明した。上面がかまぼこ形をした六面体で、一部に破断面を呈する。金属材料史上、興味深い品である。
中倉123 牙櫛 [げのくし](象牙の櫛) 3枚
宝庫に伝わる3枚の櫛。同形同大でいずれも象牙(ぞうげ)製の横形の櫛である。それぞれ124本(写真)、125本、129本の歯を挽(ひ)き出しており、1センチメートルあたり10本以上という非常に細かな歯が作られていることから、毛髪の表面を一定方向に整える梳櫛(すきぐし)として用いられたものとみられる。奈良時代の櫛はツゲやイスノキを素材とすることが多いが、日本で産出しない貴重な象牙を用い、極めて高い技術がふるわれた本品は、中国からの舶載品(はくさいひん)と考えられる。
中倉118 撥鏤飛鳥形 [ばちるのひちょうがた]
(染め象牙の鳥形かざり) 3枚
翼を広げて飛ぶ鳥をかたどった象牙(ぞうげ)製の細工物。1羽は藍色に、2羽は蘇芳(すおう)色に染められている。小品ながら目や脚を作り、染めた象牙の表面を彫って白く文様(もんよう)などを表す撥鏤(ばちる)の技法で羽毛を表している。目や脚には孔(あな)が穿(うが)たれており、うち1羽の脚にわずかに紐が残ることから、紐を通して使用したようである。用途は不明であるが、何らかの飾りとして用いられたものであろう。 なお、近時行われた調査で、藍色の染料は藍を、蘇芳色の染料は紫根(しこん)を使用していることが判明した。
中倉20 続々修正倉院古文書 第四十六帙 第八巻
[ぞくぞくしゅうしょうそういんこもんじょ]
〔写経司解司内穏便事(しゃきょうしのげしないおんびんのこと) ほか〕
(写経所の上申書ほか) 1巻
経典の貸し借りや写経所(しゃきょうしょ)に関係する文書(もんじょ)を貼り継いで成巻したもの。そのうち著名な文書に「写経司解司内穏便事(しゃきょうしのげしないおんびんのこと)」がある(解は上級の役所に提出する上申書のこと)。これは写経を行う写経生の待遇改善を具体的に箇条書きにした内容で、紙が少なく書き手が多いので、紙が供給されるまで経師(きょうし)(書写係)の招集を停止すること、装潢(そうこう)(装丁係)と校生(こうせい)(校正係)の食事を改善すること、など全6箇条の要求が記されている。写経生の労働環境とそれに対する不満が垣間見える興味深い文書である。
どれも心に残る宝物でした
中でも“漆胡瓶”は小学校の教科書で見ましたネ
当時は鳥の形をしたかわいいデザインと云う程度の印象でした
奈良時代という時間軸や生活様式に思いを馳せる想像力には
程遠かったと思います
また興味を惹いたのは“続々修正倉院古文書 第四十六帙 第八巻 ”です。
職場環境の改善策や労働条件の改善について上申ようとした下書きのようで、
書いてはみたもの実際に上申したかどうかは不明との事。
1300年の時を経ても人はこのように思っている事を公表しようかどうか迷い
結局止めてしまうというように、
社会生活の中でストレスと戦っていたようです。
正倉院展の見学を早めに済ませて“志津香”の行列に並んだダンナからメール
10人の行列をクリアして着席できたらしい
私も急いで“志津香”に移動
お店の前には30人以上の行列
“志津香”でlunch
栗と海老の釜めしを注文
30年以上も前からここの釜飯の大ファン
“下下味亭”で珈琲
深煎りの豆で丁寧に淹れた美味しい珈琲でした
今は喫茶店ですが、
以前はおひつでかやくご飯を出してくれるご飯のお店
お支払の時、若い女性にそんなお話をすると
kitchenから年配の女性と男性がお顔を見せてくださいました
“東大寺ミュージアム”
大仏様の右手のレプリカ
手の大きさは縦が約3mで、中指の長さは1.5m
手の形は施無畏印(せむいいん)と呼ばれ、
手のひらを前に向けて「恐れなくてもよい」と相手を励ますサインです。
東大寺の大仏様は右手で私達を励ましているのです。
大仏様の左手のレプリカ
中指の先から手のひらまで含めた長さは3.3m
この手の形は与願印(よがんいん)と呼ばれ、
人々の「願をかなえる」事を表している。
東大寺の大仏様は左手で私達の願を受け止めているのです。
“東大寺南大門”
“運慶作金剛力士像”
南大門には、右に吽形像、左に阿形像が向かい合う形で安置
“東大寺大仏殿”
“正倉院「正倉」外構”
“奈良女子大学”
明治41年(1908年)3月に設置された奈良女子高等師範学校(現奈良女子大学)
“正門”
中央の両開扉と両脇の片開扉で構成され、
門柱や上部の照明器具の意匠に配慮がはらわれている。
“守衛室”
十字形平面の鉄板葺の建物で、
屋根の棟飾りや窓廻りを本館と類似した意匠でまとめている。
“奈良女子大学記念館”
明治41年(1908年)3月に設置された
奈良女子高等師範学校(現奈良女子大学)本館として
創設当初から一階は事務室、二階は講堂として利用されていた。
2階の講堂は300人が座れる広さだが、柱は1本もない。
天井には半円形の天窓などさまざまな装飾が施されている
一段と高くなっている2階天井中央部の花形飾りは換気口。
熱気が屋根から自然に外へ逃げていくように工夫されている。
正面中央の櫛形破風はギリシャの神殿を連想させる。
“百年ピアノ”
明治42年5月、内藤文六郎様より1,000円で購入したことが判明。
【参考】明治43年当時の公務員(大卒)の初任給55円、白米10キロ1円56銭。
響板に貼られた楕円形シール「山葉鑒製」
:「鑒」は、音よみで「カン」という文字。
「山葉鑒製」とある「鑒製」の熟語は、
「謹製」のような意味に使われていると考えられる。
鍵盤数:85鍵。現在の主流88鍵より鍵盤数は少ない。
鍵盤蓋にしるされたデザイン:内国博覧会等の受賞を記念した褒章メダル模様。
細部にわたり、芸術的な装飾が施されている。
素敵な空間でした
100年前のピアノは外国製か思いきや「山葉鑒製」
もっと勉強してこんな学校で学びたかったワ
“平宗”で夕飯に食べる柿の葉寿司購入
“今西本店”で奈良漬購入
三条通からもちいどの通りを歩き
“瑜伽”で大好きな今井一美さんの作品を一点購入
“樫屋”で最後の休憩
栗きんとんとお抹茶のセット
奈良絵の赤膚焼でいただく冷茶が美味しい
これは抹茶のお茶碗
快晴の奈良で14,489歩
高畑駐車場から自宅へ
〈2016.05.03 tue〉
05:30 起床
06:40 津駅へ
07:21 津発難波行特急乗車
08:25 大和八木着
08:28 大和八木発京都行特急乗車
08:45 大和西大寺着
09:01 大和西大寺発奈良行特急乗車
09:06 奈良着
昨夜特急券を購入したが、GWのせいか既にほぼ完売
通路側の席を買う事ができた
乗車の際、家族連れが車両を間違えてウロウロ
後ろに並んだ乗客の乗車を阻んでしまい行列が
学生らしい女子のグループが騒がしい
通路を歩く男子の鞄が腕に激突
隣の中年男性のイビキが喧しい
今日のお出かけの成否が思いやられる
津から奈良へは2回乗り換える
大和八木ではホームが交差する京都行に乗り換えるのに大急ぎで階段を駆け降りる
慌ただしい
大和西大寺では乗り継ぎの特急より早い08:55発の奈良行快速に乗車する
乗継なのに特急の方が遅い
開館前の奈良国立博物館に到着
正倉院展に比べ奈良博の行列が短い
歴史愛好家とおぼしき中年男性数人が歴史談義にかまびすしい
“奈良国立博物館”
「国宝信貴山縁起絵巻」
国宝 信貴山縁起絵巻
山崎長者巻 [やまざきちょうじゃのまき]
延喜加持巻 [えんぎかじのまき]
尼公巻 [あまぎみのまき]
重要文化財 金銅鉢 [こんどうはつ]
国宝 粉河寺縁起絵巻[こかわでらえんぎえまき]
国宝 辟邪絵 [へきじゃえ]
兜跋毘沙門天王立像 [とばつびしゃもんてんのうりゅうぞう]
重要文化財 聖徳太子童形坐像(伝七歳像)[しょうとくたいしどうぎょうざぞう]
日本三大絵巻のひとつに数えられる平安絵画の名品
鉢が空を飛び米俵が舞い上がる
剣をまとう童子が大空を駆けめぐるといった摩訶不思議なストーリーが
躍動感あふれる画面の中に次々と展開
「山崎長者巻」「延喜加持巻」「尼公巻」の全三巻が一堂に公開される
小学校やったかなぁ教科書で見た“剣の護法”を思い出す小学生の感性って凄いワ
奈良時代の絵巻ってファンタジーやなぁ想像力凄い
庶民は何が有ろうが笑い喋り自分の生活まっしぐら
食べて生きる事が大事な生活は心がおおらかでシンプルや
あぁやっぱり来て良かったっ
脳ミソ生き返った感じ
そういえば去年のGWは“東博”で「鳥獣戯画展」やった
lunchは志津香で釜飯と思ったが既に30名近い行列待ち時間1時間以上と思い断念
お隣の“ムッシュー・ペペ”に入る
パエリアセットのオニオンスープ超美味
きっとこれでオニオングラタンスープ作るんやなっ
勿論パエリアも美味
lunchに満足した後は、“奈良県立美術館”「藤城清治 光のメルヘン展」
影絵作家の第一人者藤城清治の作品は幻想的で、鮮やかな色彩で表現される
童話や聖書、彼が訪れた日本の風景や建造物等テーマも多様
91歳を迎えてなお精力的に創作活動に向かう精神力が素晴らしい
制作のための作品に終わらず
常に新しい独自の世界を切り開き人々の気持ちに寄り添おうとする
夢と希望、そして癒しを与え続けてくれる
強い情熱と癒しを感じる作品展でした
今日もパワー貰いました
作品盛りだくさんで、見学時間3時間
そうそう奈良博のチケット見せて\200 OFFでチケット購入
16:30 奈良発京都行特急乗車
16:34 大和西大寺着
16:46 大和西大寺発賢島行特急乗車
17:03 大和八木着
17:04 大和八木発名古屋行特急乗車
18:00 津着
近鉄奈良駅前で平宗の柿の葉寿司を買って、予定通りの近鉄特急に乗車
車窓から、唐の都「長安」や北魏洛陽城などを模倣して建造された“平城京”が見えた
大和八木で乗車した名古屋行特急の車両が新しい
時間が有れば“くるみの木”まで歩きたかった
今日はやや控え目で9,100歩
自分に買った絵葉書
国宝信貴山縁起絵巻「山崎長者巻」
国宝信貴山縁起絵巻「延喜加持巻」
国宝信貴山縁起絵巻「尼公巻」
藤城清治「つり橋はぼくのハープ」
藤城清治「聖女クララの光」
藤城清治「雪の室生寺」
癒されるなぁ
〈2014.11.06 thu〉
“天皇皇后両陛下傘寿記念 第66回正倉院展”
06:00 起床
07:20 奈良へ
07:00出発予定でしたが、ダンナがモタモタしてて
しかも途中の道の駅で休憩が長い
09:20 高畑駐車場に到着
結局予定より30分遅れ
平日なので駐車場はガラガラ
09:30 奈良国立博物館
“天皇皇后両陛下傘寿記念 第66回正倉院展”
南倉 1 伎楽面 崑崙 [ぎがくめん こんろん]
(伎楽の面) 1面
南倉 1 伎楽面 酔胡従 [ぎがくめん すいこじゅう]
(伎楽の面) 1面
南倉125 桑木阮咸 [くわのきのげんかん]
(弦楽器) 1面
南倉 66 衲御礼履 [のうのごらいり]
(儀式用の靴) 1両
北倉 44 鳥毛立女屏風 [とりげりつじょのびょうぶ]
(鳥毛貼りの屏風)6扇のうち4扇
北倉156 人勝残欠雑張 [じんしょうざんけつざっちょう]
(新春の挨拶状) 1張 附 残片
北倉 48 紫檀木画挾軾 [したんもくがのきょうしょく]
(ひじつき) 1基
中倉 8 黄金荘大刀 [おうごんそうのたち]
(金飾りの大刀) 1口
南倉 70 鳥獣花背方鏡 [ちょうじゅうかはいのほうきょう]
(海獣葡萄鏡) 1面
中倉 14 東大寺封戸処分勅書 [とうだいじふこしょぶんちょくしょ]
(封戸の使途区分を定めた勅書)1巻
中倉147 檳榔木画箱 [びんろうもくがのはこ]
(献物箱) 1合
南倉145 緑地錦碁局覆 [みどりじにしきのききょくのおおい]
(覆い裂) 1口
中倉143 密陀彩絵箱 [みつださいえのはこ]
(献物箱) 1合 附 金銅鏁子[こんどうのさす]
南倉157 雑玉幡 残欠 [ざつぎょくのばん ざんけつ]
(玉繋ぎの編みものの残欠
中倉 69 白瑠璃瓶 [はくるりのへい]
(ガラスの水さし) 1口
例年休日に出かける正倉院展ですが、今年は平日に観覧
土日祝日に比べ入場者は半分位でしょうか
イヤホンガイドを聴きながら丁寧に見学できました
衲御礼履[のうのごらいり]
天平勝宝4年(752)4月9日に挙行された大仏開眼会の儀式の際、聖武天皇が実際に履かれた靴。
朱色が鮮やかで綺麗。14世紀もの年月の経過を感じさせません。
鳥毛立女屏風[とりげりつじょのびょうぶ]
前回の出陳では「とりげりゅうじょのびょうぶ」とルビがふられていました。
小学校の教科書で観た記憶がよみがえります。
日本産のヤマドリの羽毛描かれていたらしいですが、いまのままで充分「天平美人」の空気感じられます。
鳥獣花背方鏡[ちょうじゅうかはいのほうきょう]
唐からもたらされた舶来品のようですが、当時の鋳造技術の高さに目を見張りました。
東大寺封戸処分勅書[とうだいじふこしょぶんちょくしょ]
右肩上がりの特徴のある字は藤原仲麻呂(恵美押勝(えみのおしかつ)の直筆。
飛鳥時代が目の前に!
当時租税徴収の制度が確立していた事にも驚きを感じました。
雑玉幡 残欠[ざつぎょくのばん ざんけつ]
綺麗!
当時の美意識スゴイ!
白瑠璃瓶[はくるりのへい]
斬新なデザインとガラスの色合いに感動!
1400年余の年月の経過を感じさせない美しさと、当時律令制度や宮廷での生活など身近に感じました。
11:30 志津香へ
既に30人弱の行列
開店後30分遅れで行列に並び、1時間後に漸く席に案内された
奈良到着30分遅れが尾を引き、lunchは1時間待ちになってしまった
季節の釜飯「栗入りしめじ釜飯」と「栗入り海老釜飯」の定食を注文
御飯をお茶碗によそったら、釜飯の蓋をきっちり閉めます。
そうすると最後のおこげを釜から上手にこそげ取ることができます
美味綺麗
lunchを済ませて東大寺に向かいます。
ここは外国と思うほど海外のお客様が多い
東大寺の見学は次回に
紅葉も始まっています
「正倉院」
間口33m 奥行9.4m 床下2.7m 総高14m
周囲に比較できるものが無いので、大きさが実感できにくい
「奈良女子大学正門・記念館」
「旧鍋屋交番きたまち案内所(奈良市きたまち鍋屋観光案内所)」
きたまちを散策し、三条通の「今西本店」で奈良漬購入
ここの奈良漬は長期間の漬込むのため色が黒く塩分がほとんとない独特の風味です
原材料はしろうりと清酒粕だけ
勿論無添加
常温保存で賞味期限は2年間
手間を惜しまない昔ながらの製造方法で造った奈良漬
餅飯殿(もちいどの)センター街を通り、奈良町へ
ダラダラ歩きのダンナに元気になってもらおうと休憩
ならまち大通りの「樫舎」
古い町屋が店舗で2Fが喫茶室。
お水取りの松明をディスプレイ
奈良絵のお茶碗に冷たく冷やした番茶
栗きんとんとお干菓子に珈琲
正倉院展の会場で購入した麻地のスマホケース
「おくた奈良町本店」
店頭にディスプレイしてある美味しそうな栗外郎を購入
休憩が足りなかったダンナのためにみたらし団子を店頭でいただきました
最後は「春鹿」
奈良漬購入
18:00 帰宅
「平宗」の柿の葉寿司を夕食にいただきました
家族懇親日帰り旅行でした
〈2012.11.11 sat〉
ダンナが“第64回正倉院展”のチケットを貰ってきた
既に会期終盤で今日しか都合の良い日が無い
05:50 起床
ダンナは4:50起床したらしい
07:10 出発
観光シーズンのせいか、早朝なのに高速道路には車が多い安全運転で
08:30 高畑駐車場到着
少し肌寒い
ダンナはフリースの上に薄手のダウンジャケットを着用
私もフリースの上にダウンベスト
会場の奈良国立博物館に向かう
開場時間20分前なのに既に長蛇の列で、列は見ている間にどんどん延びる
09:00 開場後も行列にゾロゾロ並びようやく入場
人人人・・・身動きが取れない程の人
フリースもダウンも脱いで小さく小さく畳んで仕舞って準備
イヤホンガイドで説明聞きながら
今回は、聖武天皇ゆかりの北倉の宝物が多数出陳
紫檀(したん)の黒い地に螺鈿(らでん)の白さが映える「螺鈿紫檀琵琶
(らでんしたんのびわ)」は行列に並んで見学
18年ぶりに出陳される「瑠璃杯(るりのつき)」はまたまた行列。
最前列で見学できる列と、2列目以降で見学できる列とに別れて並ぶ。
前者は待ち時間約30分
後者の行列に並び見学
伝世される最古の戸籍大宝2年(702)「御野国山方郡三井田里戸籍
(みののくにやまがたぐんみいだりこせき)」が出陳。
大宝律令で戸籍が整備された時代のもので、男性も女性も戸籍に記載されたらしい。
奈良時代の男女平等スゴイ
木画紫檀双六局(もくがしたんのすごろくきょく)・双六の駒や賽子(さいころ)等が
まとめて出陳。
宮廷での音楽や遊びをとおし貴族の楽しみの世界が伺われる
NHK大河平清盛の伏線にすごろくが登場し、時代が異なるものの興味を感じる
判断できない人間の弱さを占う道具が貴族の生活の場に身近であったという事に
不思議で遠い時代を想像
奈良国立博物館には“なら仏像館”が併設されているが、
残念ながら時間の都合で次の機会とする。
10:40 見学後ランチのためにまたまた行列に並ぶ
釜飯の名店“志津香”
「志津香公園店」には既に数名のお客様が行列。
開店時間の少し前に注文をお願いするシステム。
松茸は二週間程前に終わったらしい。
旬は栗と蠣。
蠣釜飯と蠣フライを注文。
お米から炊き上げるので時間がかかる。30分程待ち御膳が運ばれた。
木製の蓋が磨きこまれており、釜飯をいただく前から丁寧な仕事ぶりが伺われる
“志津香”は30年くらい前、小西にあった間口の狭い木造店舗の頃から訪れる名店
蠣釜飯
薄味のお出汁が効いて蠣の香が美味しさ倍増
蠣フライ
大ぶりの蠣
赤出汁味噌のお味が美味しい。
奈良の電柱に鹿
13:20 昼食後は再び奈良公園内の“興福寺”へ
2012特別公開“興福寺仮金堂”と“国宝館”を見学
五重塔
東金堂
東金堂と五重塔
国宝館で拝見した「阿修羅像」と「銅造仏頭」
南円堂
南円堂のおみくじは鹿
北円堂
“北円堂特別開帳”を見学
14:20 アルテ館前のスタンドで休憩
不思議と合う羊羹と
隣では奈良漬トーストを注文するお客様
カウンター越しに作り方を観察
普通のバタートーストにたぶん溶けるチーズをのせて焼き、
最後に刻んだ奈良漬をトッピングして出来上がりのよう
注文したお客様が「美味しい」と
自宅で試してみよう
ダンナ「帰ろか」※突然ダンナの発言
tomtom「」
「もう」
ダンナ「はい」
tomtom「もうちょっと遊んでこ」
奈良漬買ってから奈良公園一帯を一巡する「奈良公園ぐるっとバス」に乗車する事に
“今西本店”で奈良漬購入
江戸時代末期創業。
日本で唯一「純正」の呼称が許された今西本店の奈良漬は
国産の材料を厳選し、熟成期間3年~13年。
幾度も漬け替えを繰り返して塩分と水分を抜く昔ながらの製造方法に拘る。
甘味料・保存料・着色料等を全く使わず清酒粕だけで丹念に作った本物の奈良漬。
“今西本店”は私のご贔屓の奈良漬屋さん
奈良県庁正面玄関前の「せんとくん」
「奈良公園前(県庁前)」から「奈良公園ぐるっとバス」に乗車
東大寺・若草山・春日大社を巡り、高畑駐車場から奈良教育大に向かい
奈良ホテル前を通り奈良県庁に戻るコース。
「奈良ホテル・ならまち」で下車。乗車時間約40分。
名勝大乗院庭園
庭園の向こうに望むのが奈良ホテル
ならまちの“春鹿”でお土産購入
ならまちで犬の散歩中の奥様にお店の場所を尋ねたら、
わざわざ近くの床屋さんで尋ねて教えていただいた。親切に感謝
仕込み水が春日山系の湧水で、奈良県には、珍しい硬水。
酒質は辛口で深みがあり喉ごしのキレが良いのが特徴。
まろやかでほのかな甘味の漂う奈良酒が多い中、個性の際立つお酒。
吟醸酒のレベルは高く海外でも高い評価を受けているとのこと。
蔵の隣には重要文化財“今西家書院”
室町中期の書院造りの最も古い遺構を残しているといわれる。
ならまちを散策しながら高畑駐車場へ
ここにも古い酒屋さん
市内循環バス
16:00 高畑駐車場から奈良を後に帰路につきました。
ダンナ「5時半着や」
tomtom「安全運転で」
17:30 無事自宅に到着
近鉄奈良駅前の“平宗”で買った柿の葉寿しを夕食に
蓋を太いゴムで縛り柿の葉寿しに重しがかかる工夫
鯖・鮭・鯛 三種の柿の葉寿し
紅葉の美しい奈良公園を巡る佳い日になりました。
奈良散策で購入したおみやげです。
<藍色にお猪口模様の風呂敷>
大ぶりの木綿の風呂敷です。なにを包もうかと楽しみです。
<加山春子さんのご飯茶碗>
大好きな器のお店“瑜伽”でみつけました。
瑜伽には作家さんの作品が多く、中でも「今井和美」さんの作品が大好きなのですが、今回はこの「加山春子」さんのお茶碗を掌で包みこんだ感じに惹かれ、お抹茶をいただく時用にと思い買う事にしました。
「今井和美」さんの作品の中から日常大切に使える器を選びたいと思っているのですが、その機会はまた次のお楽しみに取っておくことにしました。
<岡井麻布商店の「水屋ふきん」>
「ひわもえぎ」色の色合いがなんともいえず優しく、大判なので「テーブルセンター」に使ってもいいかしらと思っています。
<今西本店の純正奈良漬>
奈良に来る目的のひとつが“今西本店”で奈良漬を買うことです。定番の3年物の瓜と、ご主人の勧めで10年物の胡瓜と西瓜を初めて買って帰りました。
チェリーのケーキと珈琲
コップに活けたテーブルの赤い花がよい雰囲気でした。
いつまでも帰りたくない気持ちにさせる不思議な場所です。
個人のお宅のようですが“ならまち”で見つけた漆喰の美しいお宅です。
樋にも職人さんの「遊び心」があしらわれています。
随分古い銀杏の木です。
「庚申堂」
身代わり猿の“奈良町資料館”
奈良町資料館の筋向いにあるそば処“吟松”奈良町店です。一度訪れてみたいと思うお店です。
“菊岡漢方薬”
民家のような佇の中華料理“杤”です。ならまちを訪れる度に気になっていたお店ですが、予約制なので特別な日に利用したいですネ。
“春鹿”
“春鹿”では奈良漬も販売しています。
お店では利き酒ができます。春鹿オリジナルグラスを400円で購入し、このグラスで5種類のお酒を一杯ずつ試飲させてもらえます。同じ酒蔵で色んなお酒の味がある事を体験できるという仕組みです。グラスはお土産に頂いて帰ります。お酒の飲めない私はこういう楽しみ方ができず少し残念でした。