風天道人の詩歌、歴史を酒の肴に

短歌や俳句の鑑賞を楽しみ、歴史上のエピソード等を楽しみます。
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あえかなる 石田波郷(比歌句 32左)

2018年05月05日 | 和歌

あえかなる薔薇撰りをれば春の雷 石田波郷(いしだ はきょう)

 

この句には「銀座千疋屋」の前書きがある。

「(銀座、千疋屋で)たくさんの薔薇の中から、ほっそりと可憐な花を選んでいると、春の雷が響いてきた。」

 

この句一句を取り上げて良い句だと思うかと問われたならば、そうでもないよねと答える。

だが、波郷のその他の句を知り、境涯を知るとこの句が心に響いて来る。

 

比歌句31で取り上げた<雁やのこるものみな美しき>

波郷は昭和18年に応召で中国へ渡ったが、そこで肺結核となり度重なる療養生活を送るこことなる。

そして、病気と闘いながら多くの俳句を作っている。(療養俳句と呼ばれているらしい)

 

たばしるや鵙叫喚す胸形変

※「胸形変」とは、肋骨を切り取り、胸の形が変わること。

鰯雲ひろがりひろがり創痛む

麻薬うてば十三夜月遁走す

七夕竹惜命の文字隠れなし

柿食ふや命あまさず生きよの語

 

これらの句を読んだ後にもう一度<あえかなる薔薇撰りをれば春の雷>を読む。

そうすると、“あえかなる”薔薇を選んだ訳が見えて来る。可憐さの後ろには弱ゝしさがつきまとう。波郷はそんな(自分の境遇に似た)薔薇をえらんだのだ。すると、春の雷の音が遠くから聞こえて来た。波郷は春雷の響きに、今後の不安感を聞き取ったのではないだろうか。

 

※この句の作成時期が、病気の発症前であるのか後であるのかは知らないのですが。