10月15日は犠牲祭当日である。
日本流に言えば「正月元旦」の雰囲気である。
7時半から特別な祈りがジャーミー(モスク)であるという。
参加者は、その前に、手と顔を洗って清めねばならないから、
7時15分までに村に来るようにということだったので6時45分頃、隣町を発つ。
村に着くと、やはりなんとなく昂揚している雰囲気を感じる。
子供以外の男たちは手と顔を清め犠牲祭の特別な祈りに出かけて行った。
お祈りの後、墓参りをして帰宅すると朝食である。
オダと呼ばれる客室兼応接室に子供以外の男性だけが集まる。
このオダは、1936年に作られたそうで、
太い柱と太い垂木がいかにも重厚で歴史を感じさせる。
20人はゆうに入れるだろう。
絨毯が敷かれ手製のクッションが敷き詰められている。
真ん中には石炭ストーブである。
奥の左隅に最年長者が座り、後は、奥から年長者が座って行く。
食事の前の祈りがあり、年長者が手をつけると全員が食事を始める。
食事が終わると、年長者から順に挨拶を受ける。
挨拶の言葉は「イイ バイラムラル」(「良いお正月を」というニュアンスだろうか)である。
全員立って迎える中、子供たちが入って来る。大学生以下が子供である。
年長者の右手をとり、手の甲にキスをして、それを自分の額に当てるのが礼儀である。
年長者は挨拶を受けると挨拶の言葉をかけながら「お年玉」を手渡す。
金額は、予め年齢別に決めてある。
普通は年長者が決めるが、今回の場合は、私が初めてであり客でもあるから、
全ての年長者の役目は、ひつじ家の長男が果たされた。
ちなみに、今年の金額は、大学生100リラ(1リラは約50円)、
高校生70リラ、それ以下は50リラであった。
お年玉を受け取ると子供たちは出て行き、
後は、近隣の人や血縁者が年始の挨拶に来るのを待つ。
挨拶に来た人はコロンヤで手を清め、お菓子を貰って帰っていく。
しばらく世間話をしていく年長者もいる。オダに残って挨拶を受けるのは、
形だけの私と長男、次男であり、客によっては三男、四男も入って来る。
1~2時間経過した頃、犠牲祭に捧げられる牛が到着する。
牛は必ず雄でなければならないそうである。
牛が到着する頃になると男たちのテンションがあがる。
やはり祖先の狩猟民族の血が騒ぐのだろうか。
家の前の庭に集まって待っている。
準備は、血を流し込む為の穴を掘っておくことだけである。
やがて牛が到着する。
黒毛の立派な雄牛である。
暴れないように顔に白い布が巻いてある。
トラックで来た人たちは3人だったろうか。
運転手と牛の首を切る人、その助手(息子?)。
ひつじ家の男たちは7人、それに近所のお手伝いが2~3名だったろう。
およそ30分ばかり、トラックの側に立ったままで
子ひつじ1号の運んできたチャイを飲みながらバイラムの挨拶を交わし、
また世間話をしている。
子ひつじ1号が牛にコロンヤを降りかけていたがこれは彼のふざけだろう。
一息入れてから、トラックで来た人が、
荷台の牛の4本の脚に緩くロープを巻く。
これは万一の際、牛が走るのを防ぐ為だろう。
それから牛をトラックから降ろす。
降ろして先ほどのロープを絞るように引くと
4本の脚が腹の前の一箇所に集まり牛は横倒しとなる。
男たちが押さえている間に、犠牲のための祈りが捧げられる。
血を入れる穴のところに牛の首を置きトラックで来た人(プロなのだろう)が頚動脈を肉切り包丁で切り裂く。
あっという間である。
周囲には子供も婦人たちもいるが声もたてない。
牛も暴れることも無く鳴き声も出さない。
僅かに呼吸が荒くなっただけである。
血は音をたてて穴に流れ込む。
ほんの数分で牛は完全に動きを止めた。
将に粛々と行事が行われたという印象であった。
最初に頭が切り離された。
それは、見物に来ていた近所の二人の子にプレゼントされた。
彼らはそれを貰うために来ていたのだと言う。
昨日見たような季節労働者の一部が空き家となっている家を借りて住んでおり、
彼らはその子供たちなのだそうだ。
角を片方づつ持って彼らは嬉しそうに帰っていった。
牛の頭は食べるところが沢山あるのだと言う。
そう言えば、「頬肉のステーキなんてあったかなぁ」と思ったりした。
完全に血抜きが終わると解体作業が始まる。
しかし、私には、それを見届ける勇気はなかった。
解体作業は延々夕刻まで続くということであったが、
今年の牛は若干小型だったとかで案外早く13時頃には終わったとか。
およそ3時間くらいであったろう。
切り分けた肉は、犠牲祭に捧げられない家庭に配布されると聞いて、
どのような仕組みなのか尋ねたら、
予め、「(牛または羊が買えないから)捧げられない」と申告しておくのだと言う。
それは人の口から口に伝わって行き、村人には、
どの家にプレゼントすべきかが分かるというわけである。
それに従い自分の近所や親戚筋の該当する家庭に配られることになる。
だから、多く受け取る家もあり少ない家もあるが、
それも「アラーの恵み」だから仕方ないと言う。
牛1頭で7人分の罪が赦されるとされる。
私は、解体作業を見ることが出来なくてオダの前で日向ぼっこをしながら
このメモを取っていたのだが、
突然、今切ったばかりの肉を焼いて持参して下さったのには驚いた。
でも自然と口に出来た。
しかし、「トルコの牛肉は硬い」というのが70日を過ごしてきた私の印象である。
解体が進むと年長者から休憩を取ったり新たな来客の応対に当たったりする。
ここまで、女性陣の活躍を書かなかったが、
女性陣の活躍は解体が進むと始まる。
大きな肉の塊が内に運びこまれるとそれを細かく切り分けるのが女性陣の仕事である。
これは夕方まで続く大作業である。
オダに独り座っていると限りなく静寂である。
丘の上で360度の景観を眺めながら立っている時と同じである。
自然に心も静まる。なんという豊かさ。
「田舎の生活」こそ人間の生活の原点と言えるのだろうと思う。
自給自足が基本であり、自然にお互い同士の助け合いがあって成り立っている生活である。
犬も牛もガチョウもアヒルも当たり前のように道を歩いている。人間を恐れない。
時々通る車も動物たちを優先させている。
お互いを知り合っている人々は、愛を体全体で表して挨拶し合っている。
水汲み場には絶え間なく水が流れていて夕方放牧から帰ってきた牛が水飲みに立ち寄り、
アヒルやガチョウが水浴びにやって来る。人々も様々なものを洗っている。
鶏の親子が歩いている。水場が空いていても「共同の水場だから」と長いホースを使って家から水を引き車を洗う。
遠い昔、私が子供だった頃、両親が行っていた「思いやり」が自然に生きている生活がある。
年長者をたて世話は若い人がする。
昔働いた人がいて今があり、今働いている人がいて明日があることを自然に学ばせるシステムと言えようか。
16日は昼ごろ隣町を出て田舎村に立ち寄り、
1時間ほど休んで別れの挨拶をしてからネブシェヒールに戻った。
3泊4日だったが、ゆっくりとした時の流れを満喫する日々であった。
こういう経験は再び出来ないだろう。
2013年10月21日 ネブシェヒールの娘宅にて。
以上、日本のふつ~のじ~ちゃんが見た
クルバンバイラムでした♪
本日もお付き合いいただいて
ありがとうございます!
左の「トルコ情報」から
ぽちっと応援、よろしくお願いしまっす♪
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7時半から特別な祈りがジャーミー(モスク)であるという。
参加者は、その前に、手と顔を洗って清めねばならないから、
7時15分までに村に来るようにということだったので6時45分頃、隣町を発つ。
村に着くと、やはりなんとなく昂揚している雰囲気を感じる。
子供以外の男たちは手と顔を清め犠牲祭の特別な祈りに出かけて行った。
お祈りの後、墓参りをして帰宅すると朝食である。
オダと呼ばれる客室兼応接室に子供以外の男性だけが集まる。
このオダは、1936年に作られたそうで、
太い柱と太い垂木がいかにも重厚で歴史を感じさせる。
20人はゆうに入れるだろう。
絨毯が敷かれ手製のクッションが敷き詰められている。
真ん中には石炭ストーブである。
奥の左隅に最年長者が座り、後は、奥から年長者が座って行く。
食事の前の祈りがあり、年長者が手をつけると全員が食事を始める。
食事が終わると、年長者から順に挨拶を受ける。
挨拶の言葉は「イイ バイラムラル」(「良いお正月を」というニュアンスだろうか)である。
全員立って迎える中、子供たちが入って来る。大学生以下が子供である。
年長者の右手をとり、手の甲にキスをして、それを自分の額に当てるのが礼儀である。
年長者は挨拶を受けると挨拶の言葉をかけながら「お年玉」を手渡す。
金額は、予め年齢別に決めてある。
普通は年長者が決めるが、今回の場合は、私が初めてであり客でもあるから、
全ての年長者の役目は、ひつじ家の長男が果たされた。
ちなみに、今年の金額は、大学生100リラ(1リラは約50円)、
高校生70リラ、それ以下は50リラであった。
お年玉を受け取ると子供たちは出て行き、
後は、近隣の人や血縁者が年始の挨拶に来るのを待つ。
挨拶に来た人はコロンヤで手を清め、お菓子を貰って帰っていく。
しばらく世間話をしていく年長者もいる。オダに残って挨拶を受けるのは、
形だけの私と長男、次男であり、客によっては三男、四男も入って来る。
1~2時間経過した頃、犠牲祭に捧げられる牛が到着する。
牛は必ず雄でなければならないそうである。
牛が到着する頃になると男たちのテンションがあがる。
やはり祖先の狩猟民族の血が騒ぐのだろうか。
家の前の庭に集まって待っている。
準備は、血を流し込む為の穴を掘っておくことだけである。
やがて牛が到着する。
黒毛の立派な雄牛である。
暴れないように顔に白い布が巻いてある。
トラックで来た人たちは3人だったろうか。
運転手と牛の首を切る人、その助手(息子?)。
ひつじ家の男たちは7人、それに近所のお手伝いが2~3名だったろう。
およそ30分ばかり、トラックの側に立ったままで
子ひつじ1号の運んできたチャイを飲みながらバイラムの挨拶を交わし、
また世間話をしている。
子ひつじ1号が牛にコロンヤを降りかけていたがこれは彼のふざけだろう。
一息入れてから、トラックで来た人が、
荷台の牛の4本の脚に緩くロープを巻く。
これは万一の際、牛が走るのを防ぐ為だろう。
それから牛をトラックから降ろす。
降ろして先ほどのロープを絞るように引くと
4本の脚が腹の前の一箇所に集まり牛は横倒しとなる。
男たちが押さえている間に、犠牲のための祈りが捧げられる。
血を入れる穴のところに牛の首を置きトラックで来た人(プロなのだろう)が頚動脈を肉切り包丁で切り裂く。
あっという間である。
周囲には子供も婦人たちもいるが声もたてない。
牛も暴れることも無く鳴き声も出さない。
僅かに呼吸が荒くなっただけである。
血は音をたてて穴に流れ込む。
ほんの数分で牛は完全に動きを止めた。
将に粛々と行事が行われたという印象であった。
最初に頭が切り離された。
それは、見物に来ていた近所の二人の子にプレゼントされた。
彼らはそれを貰うために来ていたのだと言う。
昨日見たような季節労働者の一部が空き家となっている家を借りて住んでおり、
彼らはその子供たちなのだそうだ。
角を片方づつ持って彼らは嬉しそうに帰っていった。
牛の頭は食べるところが沢山あるのだと言う。
そう言えば、「頬肉のステーキなんてあったかなぁ」と思ったりした。
完全に血抜きが終わると解体作業が始まる。
しかし、私には、それを見届ける勇気はなかった。
解体作業は延々夕刻まで続くということであったが、
今年の牛は若干小型だったとかで案外早く13時頃には終わったとか。
およそ3時間くらいであったろう。
切り分けた肉は、犠牲祭に捧げられない家庭に配布されると聞いて、
どのような仕組みなのか尋ねたら、
予め、「(牛または羊が買えないから)捧げられない」と申告しておくのだと言う。
それは人の口から口に伝わって行き、村人には、
どの家にプレゼントすべきかが分かるというわけである。
それに従い自分の近所や親戚筋の該当する家庭に配られることになる。
だから、多く受け取る家もあり少ない家もあるが、
それも「アラーの恵み」だから仕方ないと言う。
牛1頭で7人分の罪が赦されるとされる。
私は、解体作業を見ることが出来なくてオダの前で日向ぼっこをしながら
このメモを取っていたのだが、
突然、今切ったばかりの肉を焼いて持参して下さったのには驚いた。
でも自然と口に出来た。
しかし、「トルコの牛肉は硬い」というのが70日を過ごしてきた私の印象である。
解体が進むと年長者から休憩を取ったり新たな来客の応対に当たったりする。
ここまで、女性陣の活躍を書かなかったが、
女性陣の活躍は解体が進むと始まる。
大きな肉の塊が内に運びこまれるとそれを細かく切り分けるのが女性陣の仕事である。
これは夕方まで続く大作業である。
オダに独り座っていると限りなく静寂である。
丘の上で360度の景観を眺めながら立っている時と同じである。
自然に心も静まる。なんという豊かさ。
「田舎の生活」こそ人間の生活の原点と言えるのだろうと思う。
自給自足が基本であり、自然にお互い同士の助け合いがあって成り立っている生活である。
犬も牛もガチョウもアヒルも当たり前のように道を歩いている。人間を恐れない。
時々通る車も動物たちを優先させている。
お互いを知り合っている人々は、愛を体全体で表して挨拶し合っている。
水汲み場には絶え間なく水が流れていて夕方放牧から帰ってきた牛が水飲みに立ち寄り、
アヒルやガチョウが水浴びにやって来る。人々も様々なものを洗っている。
鶏の親子が歩いている。水場が空いていても「共同の水場だから」と長いホースを使って家から水を引き車を洗う。
遠い昔、私が子供だった頃、両親が行っていた「思いやり」が自然に生きている生活がある。
年長者をたて世話は若い人がする。
昔働いた人がいて今があり、今働いている人がいて明日があることを自然に学ばせるシステムと言えようか。
16日は昼ごろ隣町を出て田舎村に立ち寄り、
1時間ほど休んで別れの挨拶をしてからネブシェヒールに戻った。
3泊4日だったが、ゆっくりとした時の流れを満喫する日々であった。
こういう経験は再び出来ないだろう。
2013年10月21日 ネブシェヒールの娘宅にて。
以上、日本のふつ~のじ~ちゃんが見た
クルバンバイラムでした♪
本日もお付き合いいただいて
ありがとうございます!
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