Cosmos Factory

伊那谷の境界域から見えること、思ったことを遺します

おおバカ野郎

2023-06-06 23:05:48 | ひとから学ぶ

 何度もここに記してきたことを、何度でも「書く」。

 朝方、高速道路のインターに向かって狭い県道を走っていた。気づくと後ろすぐに車がいる。「いつからだろう」、ルームミラーで後方には気を遣うことの多いわたしでも、こういうケースはよくある。ようは気づかないうちに接近しているということは、かなりの速度でやってきた、ということ。うんざりすることだが、こういうケース、おおかた運転しているのは30代から40代くらいの男性だ。あまり若い人はしない行為。ところがこの日は、白髪頭でどう見てもわたしより年上だ。それでいて軽トラック。軽トラックの煽りが珍しいわけではないが、運転手の風貌と車をセットで捉えると、あまりないケースだ。少し速度を上げても「ピッタリ」。こういう場合は、速度を「下げる」のが一番。以前に何度も記してきているように、この白髪頭の「男」、頭悪いに決まっている。「おまえにも同じことしてやりたい」と思うし、昔ならやったわたしだが、今はもうそんなリスクは負わない。しかし、こういうバカには「ブレーキを踏みたい」と思うが、昔と違って今のこういう輩は運転がへたくそだから「ぶつけられる」リスクが高い。そうなったら今は「煽り」に該当するから、こっちが責められる。したがってブレーキほどではないが、エンジンブレーキで減速する。ちょっと慌てたのか、少しの間は車間をとっていたが、また接近してくる。「このくそジジイ」と思うが、最近は経験したことはないが、かつてはこういう輩と「やりあった」ものだが、「今はどうなんだろう」などとも思う。風貌からして、降車して来て文句を言うのか、それとも唾でも吐くのか、あるいはこちらの車を蹴とばすのか、くだらない交通法規の改正よりも、こういうバカ野郎を「お縄にして欲しい」と思う。

 くそジジイも多いが、くそババぁも多い。今や車の性能が良いから、なんも考えていない感じだ。冷静に考えれば、接近してもなんも「良いことない」と思うはずなのだが、それでも接近してくる。前にも車がいるんだから、どれほど煽ったところでそれ以上早くいけないことは歴然としているのに、どうしても前の車に接近したいという。それでいて、前方に車がなければ「抜いていけばよい」だけなのに、それはできない。ようは「ドケ」ということになるのだろうか。

 人には迷惑をかけたくない、と思うから混雑している際に右折しようとする時は、すばやく曲がることにしているし、少しの隙間で右折することもある。そうしないと後続車に迷惑がかかるからだ。ところが前方からやってきた車が右折指示をしているとあたかもアクセルを踏み込むような車がいる。もちろん「入るな」ということなのだろう。対向車も車が繋がっていて、それ以上早くいけないことがわかっていても、車間をあえて詰めてくるやつ。お前も「おおバカ野郎」だ。いつもなら素早く曲がるところだが、爺さんや婆さんなみに、「ゆっくり曲がる」。「ざまあみろ」、だが、ブーブークラクションを鳴らす「おおバカ野郎」も珍しくない。相変わらず年老いても、おおバカ野郎に「どうしたものか」と画策している。


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