さあ、帰ろうともうケロリとした、英次がバス停に道が開く中に入ろうとして、親しみの視線を喜んでいる。がその時ちょうどバスが止まって、人波ができてたちまち英次を飲みこんで行った。人波をバスはどんどん吸いこむのである・・・・・・満員だった。結局英次は佇んだ。
バスの中。英次は老若の女が挟み打ちをくわしている。化粧の悪臭に悩み、あの感激はまるで糸の切れた凧、いや今最初の停留所へ降りた老婆のように忘れた。いつも近い方の記憶をすぐに忘れてしまう、英次の頭であったが、女に左右からもまれることがいやで避けた体を、前の座席に大きく倒れかけてしまうとひょいと座席の人を見て、
「あっ、ごめんなさい」
と縮こまるようにしながら目を背けたものだ。・・・・・・
あれはいつごろだっただろうか。今の英次の記憶にないのかも知れない・・・・・・先週の日曜日のことだった。同じバスに英次は揺られ、穴が開いたような頭を持て余して窓際の座席でいた。街頭の風景を飽きて見ないのだが、目を大きく見開くままリュックをかき抱いていて、
「小沢さん、英次さんじゃなかった?」
(つづく)
バスの中。英次は老若の女が挟み打ちをくわしている。化粧の悪臭に悩み、あの感激はまるで糸の切れた凧、いや今最初の停留所へ降りた老婆のように忘れた。いつも近い方の記憶をすぐに忘れてしまう、英次の頭であったが、女に左右からもまれることがいやで避けた体を、前の座席に大きく倒れかけてしまうとひょいと座席の人を見て、
「あっ、ごめんなさい」
と縮こまるようにしながら目を背けたものだ。・・・・・・
あれはいつごろだっただろうか。今の英次の記憶にないのかも知れない・・・・・・先週の日曜日のことだった。同じバスに英次は揺られ、穴が開いたような頭を持て余して窓際の座席でいた。街頭の風景を飽きて見ないのだが、目を大きく見開くままリュックをかき抱いていて、
「小沢さん、英次さんじゃなかった?」
(つづく)