身軽になった感じで走るバスの中、頭が騒ぐ英次は、
「三色すみれだろう。噴水だろう。公園だろう。日の丸の旗と車・・・それから皆うっとりと見つめてくれた」
ふっと記憶力が切れ、いつもの強い頭痛を避けていれたのだ。暮れなずむ街路を軽快に走るバスのように、英次は快い気分に浸るばかりになる。その切れ切れの記憶が絵画の紙面に墨汁をいきなり塗ったように消えて後、座席にもたれてバスの動揺にあわせて、体が楽しく揺れていた。仕事から帰るんだと思い、英次は誇らしく胸を反らしたくなるくらいなのである。乗客の目があれば実感的に、赤いネクタイの弛みが仕事を精いっぱい努めてきた男の、証しと見たものに違いなかった。抜け殻の頭を問われずにその労働に羨望や嫉妬が向けられて、サラリーマンは帰路にあったはずだから。夜毎にある薬を服用してから眠りにつく英次であり、バスの中でも眠気を覚えた例がないのに、眠たくなるのである。
心地よい疲労に委ねながら、とろとろとなる英次で、幾年ぶりだろうその英次は。雄吉と妙子の願い続ける英次だが、車窓の街なみに少しづつ薄墨を撒く、バスの明かりは明るく、座席のまどろむ人を祝うように照らしている。
(つづく)
「三色すみれだろう。噴水だろう。公園だろう。日の丸の旗と車・・・それから皆うっとりと見つめてくれた」
ふっと記憶力が切れ、いつもの強い頭痛を避けていれたのだ。暮れなずむ街路を軽快に走るバスのように、英次は快い気分に浸るばかりになる。その切れ切れの記憶が絵画の紙面に墨汁をいきなり塗ったように消えて後、座席にもたれてバスの動揺にあわせて、体が楽しく揺れていた。仕事から帰るんだと思い、英次は誇らしく胸を反らしたくなるくらいなのである。乗客の目があれば実感的に、赤いネクタイの弛みが仕事を精いっぱい努めてきた男の、証しと見たものに違いなかった。抜け殻の頭を問われずにその労働に羨望や嫉妬が向けられて、サラリーマンは帰路にあったはずだから。夜毎にある薬を服用してから眠りにつく英次であり、バスの中でも眠気を覚えた例がないのに、眠たくなるのである。
心地よい疲労に委ねながら、とろとろとなる英次で、幾年ぶりだろうその英次は。雄吉と妙子の願い続ける英次だが、車窓の街なみに少しづつ薄墨を撒く、バスの明かりは明るく、座席のまどろむ人を祝うように照らしている。
(つづく)