英次が在学中、司法試験が通った日には、父親雄吉は喜びが天井を突くばかりに踊り狂うばかりだった。停年直前の日であった。妙子も晴れやかだった。
「ぼくは今一つ、この場で知りたいのです」
自家の灯と星空を肩越しに見あげ、雄吉は、
「今日はしかし疲れたことだし、明日からは幾らも親子の時間が残されている。明日にしようじゃないの、英次」
が自家には信仰心の厚い、ある意味で難物の妙子が待ち構えている。「英次に疲労がなければの話」
宵にかかる住宅街とその路上は程よい静けさであり、雄吉には好もしい時間なのだ。隣近所の目を本来気にしない質で、妙子のように体面ばかり飾り、その質を非難するのはよくないと逆らえる。何といってもあの過去の栄光が帰る息子がいるんだし、宵にかかる住宅街とその路上の程よい静けさは雄吉が五年もの間に、偏愛に等しく愛したものである。それから、英次が頭の中で言葉を整えるらしく、空を仰ぐので、雄吉は柔らかく、
「英次の声を聞く義務が、こちらにもありそうだな。将来、といってもこの歳、死に土産みたいなものかも知れんが」
と笑顔をまじえながらいう。「将来子と父の胸に、記念になる日とするためにも・・・・・・少し歩こうか、英次。散歩がてらの方がしっくり話したり、聞いたりしあえるものだよ。英次よ。隣近所の目を気にしたりしないことを知っているだろう」
「ええ、無論です」
とうなずき歩き始める英次の後に、雄吉は機嫌よくつき従って行ったのだった。
(つづく)
「ぼくは今一つ、この場で知りたいのです」
自家の灯と星空を肩越しに見あげ、雄吉は、
「今日はしかし疲れたことだし、明日からは幾らも親子の時間が残されている。明日にしようじゃないの、英次」
が自家には信仰心の厚い、ある意味で難物の妙子が待ち構えている。「英次に疲労がなければの話」
宵にかかる住宅街とその路上は程よい静けさであり、雄吉には好もしい時間なのだ。隣近所の目を本来気にしない質で、妙子のように体面ばかり飾り、その質を非難するのはよくないと逆らえる。何といってもあの過去の栄光が帰る息子がいるんだし、宵にかかる住宅街とその路上の程よい静けさは雄吉が五年もの間に、偏愛に等しく愛したものである。それから、英次が頭の中で言葉を整えるらしく、空を仰ぐので、雄吉は柔らかく、
「英次の声を聞く義務が、こちらにもありそうだな。将来、といってもこの歳、死に土産みたいなものかも知れんが」
と笑顔をまじえながらいう。「将来子と父の胸に、記念になる日とするためにも・・・・・・少し歩こうか、英次。散歩がてらの方がしっくり話したり、聞いたりしあえるものだよ。英次よ。隣近所の目を気にしたりしないことを知っているだろう」
「ええ、無論です」
とうなずき歩き始める英次の後に、雄吉は機嫌よくつき従って行ったのだった。
(つづく)