西国三十三巡礼の『往来手形一札』
江戸時代、人の移動は厳しく制限されていました。そんな中、神社仏閣を巡る信仰目的の旅であれば概ね許されていたが、身分を証明する往来手形(通行手形)が必須であった。庶民の場合は村の檀那寺が身分の証明をしています。ここに『往来手形』の文書を解読してみましょう。往来手形一札
『一 丹波州桑田郡春日部村 男二人 女五人〆て七人 宗旨は代々禅宗にて当寺旦那にまぎれ御座なく候 しかる処 この度心願につき西国順礼 神社順拝に罷り越申し候 所々御関所相違なくお通し遣わされくださるべく候 万一病気死等つかまつり候節は 御国村方にてもお世話なし下さるべく候 同行のもの共より願いの通りおとりはからい頼み入れ申し候 依って往来手形一札件の如し 安政三年辰年 丹州桑田郡春日部村 三月日 曹流寺 国々 所々御関所 御役人中 村々宿々 御役人中』(新修亀岡市史 資料編第二巻より)
<殿谷の西国三十三所巡礼碑は、死を覚悟した旅であり無事成就が出来た喜びの碑でもある>