ウホウホにっき

大好きなガイドヘルプの仕事をするため城陽で起業し、40男の生き方を模索中。旅行とグルメが生き甲斐!

今日の夕食

2011-01-23 22:21:49 | マイ手料理

今日の夕食。
冷凍ハンバーグを焼いた。
少し焦げたけど、美味しかった。

味噌汁、大根の煮物は昨日の残り。
サラダは定番になって来た。

調理は面白い。
元気はないが、調理だけは苦にならない。


妻に会って元気もらう

2011-01-23 18:20:32 | じぶん
妻のお見舞いに行った。
妻は元気がなく、落ち込んでいた。

「死にたい」という言葉が悲しかった。

会話は弾まないが、何でもない話をすると、俺の気持ちは穏やかになった。

寝ている妻の足の裏や手をマッサージした。
気持ち良かった様で、何度も行った。

今、妻に対してできる事は、こんな事くらい。

元気がない妻だったが、帰り際は笑顔が見えた。
それだけでも、見舞った甲斐があった。


思い返してみた

2011-01-23 11:34:27 | じぶん
妻との生活について、振り返ってみた。

昨年の8月に入院したが、それ以前は、どんな生活だったか。

妻は「今日は、何もする事がなかった」と言っている日があった。
そんな妻に「ゆっくりすれば良いよ」と答えていた。

それ以上、何も聞かず。

妻は、入院前から、生活にしんどさを抱えていた。
主婦業はキチンとしている人だったが、単調な生活で悶々としていた。

バイトに出ている事もあったが、無理は出来なかった。

病気療養を考えると、働かず、家で無理なく生活するのが良かったのだろう。
でも、精神的には辛かっただろう。

11月末に退院したけど、体は思うように動かず。
掃除、洗濯など、一人では出来なかった。

外出する事も出来ず、家にこもるようになり、気持ちも塞ぎこむようになった。

そんな妻に、「ゆっくりすれば良いよ」としか声がかけられなかった。
そして、悶々とする妻に対して、冷たく当たった事もあった。

「仕事、行かんといて」と言う妻。
言ったらあかんと分かっていながら、どうしようもなかったんだと思う。

それなのに、俺は「仕事は、いつまでも休めない!」と返した。

妻からの緊急サインを見逃してしまった。

再入院が決まった日、俺は「病院の方が安心やし」と言っていた。
そして、職場に「妻が入院になるので、しばらく仕事に影響は出ません」みたいに言っていた。

妻に「病院だと、喋る人がたくさんいるから、気持ちも晴れるかも」なんて言っていた。
妻の気持ちを考える事はなかった。

妻が再入院した日、夕方、職場に行くつもりだった。
週末も仕事をするつもりだった。

でも、出来なかった。

入院した妻と別れて、帰ろうとした時、緊張の糸が切れた様に涙が出た。

自分は何をしているんだろう。

大切なものを間違えていたんじゃないだろうか。

退院していた50日間、俺は妻の事を見ていたのか。
妻が抱えていた精神的な悩みを理解していたのだろうか?

俺は、自分が満足する事ばかり考え、生活しているんじゃないだろうか?
自分の仕事が、思い通りにならない事を、妻のせいにして、妻を置いて出勤していたのではないか?

何のために働き、何のために生きているんだろうか。

一番、大切なのは何だったんだろうか?

仕事と妻、どちらを失いたくないのだろうか?

そんな事ばかりが、頭の中を巡っている。