コロナ明け以降、日本は空前のインバウンド効果で沸き上がり、地方観光地の景気を左右するほどに成長した。
何処に行っても外国人を多く見かけるようになり、微笑ましい光景や、拙いながらも身振り手振りを交えたコミュニケーションなどで交流する場面も珍しくなくない。
だがそんな現象に漠然とした不安を訴える者も多い。
右肩上がりの外国人の増加は、たとえ個々の観光客が短期滞在だったとしても、治安や環境の悪化を招く事例が増えるから。
事実、外国人の集団がバカ騒ぎして警察沙汰になったり、大型商業施設に於いてトイレ以外の一般共用施設の場所にて、堂々と大便をする様な信じられない程モラルが欠如した観光客が多数見られたりと、問題行動を起こす者がインバウンドの増加に比例した。
ネット政治掲示板にてその問題が提起されると、瞬く間に多数の意見がだされる。
その多くが放置することなく、政府が適切に対応する事を求めた内容だった。
当然政府として重く受け止め、具体的な対処・対策に乗り出す。
だが、何をどうすれば良いのか指標など行動基準が無く、まずガイドラインの設定から始めなければならない。
そもそも日本は対外セキュリティーの分野でも、アメリカなどから厳しい意見を喰らい、高度な機密を含む国際共同行動にも支障をきたす場面が数多く出て来たくらいだから、そろそろ本腰を挙げて取り組む必要に迫られていた。
スパイ天国日本。
これが国際社会での日本の評価であり、その分野での信用度が低い原因でもある。
またその事で、それは日本の国際的地位向上を著しく阻害する要因になり、対外交渉でリーダーシップのマウントを獲れない要因でもあった。
インバウンドとセキュリティー問題。
これらを上手く解決する妙案など、誰も持ち合わせてはいないだろう。
例えるなら、人間の居住するエリアに、多数の熊が出没する状態をどうするか?に似ている。
駆除するか?共存するか?である。
駆除すれば危険は去る。
でも国際社会の批判は免れないだろう。
「人間の都合でそう簡単に尊い命を奪って良いのか?」という、重いテーマを突き付けられるから。
では、危険を承知で熊を生かし、共存の道を選ぶのか?
どれだけ犠牲者が出ても良いのか?
自分の身内が食い殺されても、共存を主張するのか?
誰も適切な答えを出せないが、次善の策として駆除を含む適切な頭数管理を徹底し、出没した際の緊急アラートを発出する仕組みを作るくらいしか案が浮かばない。
同様の問題をインバウンドやセキュリティーは抱えているのだ。
特に要注意なのが中国人。
彼らに日本の常識やモラルは通用しない。
しかも国家機密や産業を盗み出すスパイ行為案件は群を抜いて多い。
人を熊などの害獣に喩えるのは、少々思い上がった発想だが仕方ない。
実際に無視できない被害が出ているのだから。
苦肉の策というか、もうこの対策をとらないと立ち行かない程追い詰められた政府は、国家管理の危険な兆候と見なされても実行すべき方針を国民に示した。
『対中侵攻防御要綱』である。
その具体的内容は、
・外国人留学生(特に中国人)の人数制限と、怪しい人物の身辺調査。
・スパイ防止法の制定。
・ビザ発給の制限
・対外国人向け(別班のような)公安組織設立と、組織人員の大幅な人的強化による外国人犯罪への強権を付与した治安維持。
を骨子とした内容であった。
これは確かに非常に危険な劇薬であり、諸刃の剣である。
何故なら、一旦治安維持やスパイ防止を打ち出せば、限りなく暴走し始め、ブレーキが効かなくなる恐れがあるから。
それは抗争と抑圧の歴史が証明している。
だから国民がどういう結論を出すか、重い判断と信を問われる内容と云え、慎重な決断が求められた。
その結果、国民は条件付きでGoサインをだす。
つまり一方的に敵対行為を通告するのではなく、平行して外交努力もする事。
一連の外国人対処法律を制定した後も、公安組織や法解釈などを暴走させないよう(審問委員会などを作り)国民の監視下に置き、管理する事。
などである。
一切名指しはしていないが、これらは明らかに中国をターゲットにした対応であり、もちろん中国は激しく反発した。
自分たちも日本人に対して同様の行為をしているのに。
日本と中国の交易は急速にしぼむ。
その損害は計り知れないが、そんな痛みを以てしても、危険な状態にあるのだから覚悟の上の決断だった。
平助が内閣を総動員して対中国外交に取り組んだのは言うまでもない。
以前(第16話)でも描いたが、急遽策定した『対中侵攻防御要綱』に則り、
対象の法整備を急ぎ、公安組織人員も現存の組織とは切り離した独立部署を設け、自衛隊や警察出身者から募るというより、全くの異彩な経験を持つ一般の者に(例えば語学堪能とか、優秀なエンジニアや科学者、秀でた身体能力を持つ者等)焦点を宛て幅広く募集した。
そしてその者たちに一定の諜報技能や防御・自衛能力の他、高度で強固な責任感とモラルを植え付け備える訓練・研修を行う研修部署を設立した。
そうした政策を行いつつ、中国と対峙したのだ。
その中国は今、大変な苦境に居た。
第16話と重複するが、その内容をより細かく具体的に描写したい。
(おさらいに第16話も参照してくれるとより理解が深まると思います。)
土地バブルが大手企業の相次ぐ倒産がキッカケとなり金融不安が高まり、あらゆる産業に不況の波が襲いかかる。
中国国内全体の目を覆う惨状に、成す術を持たないで立ち尽くす状態にあった。
更に悪い事に、金融不安が不良債権を産み、為替にまで影響する。
中国通貨の元建て債券インデックス(為替ヘッジ)が底値を付け、国際市場にまで悪影響を広げたのだ。
それまで一帯一路構想推進のため、湯水の如くばら撒いた中国通貨『元』。
だが、高圧的外交態度や、国際援助と称し、質の低い高速鉄道建設、港湾・空港設備や橋梁・道路建設で契約以上の代金を請求し相手国を財政破綻させ、その代償として従属させるなど、悪徳業者のような政策を推し進め国際信用を一気に失う。
その結果、中国主導のアジアインフラ投資銀行(AIIB)から参加国が次々と脱落、巨額の負債を残し解散。
一帯一路構想も完全に頓挫した。
失敗続きがたたり、立ち直れない程の負債を残し国内外で孤立した中国は、一党独裁政権を維持するのが困難な状況に陥る、まさに崩壊寸前の状態にあった。
その状況を一気に挽回するため台湾侵攻を企て、戦争準備を着々と進める最中の最も危険な情勢にあるのだ。
だから対する日本は、戦争回避と国内防衛のためにも、前述の対策を何としても推し進めなければならない。
平助は悲愴な決意を胸に習〇平と交渉した。
もちろん、平助だけではない。
内閣挙げての総力戦であり、経済界、民間交流組織までも巻き込み、幾度も波状攻撃で交渉する。
更に日本の人気・有力コンテンツであるアニメやスポーツ交流等を最大限有効利用し、一般中国人に友好をアピール。
中国国内のインターネットは独裁政権下では言論の自由は封じられているため、これらのコンテンツを絡めた日本の話題を故意に拡散させ、政権を揺さぶり内部崩壊させる戦法を続けた。
ここまでが前号で描いた通り。
平助は持ち前のコミカル(本人は全く自覚無し)で人懐っこい性格を駆使し、一般国民との交流を故意に数多く発信した。
元々典型的な庶民であり、総理としての威厳が皆無の平助は、中国にアピールするには最適な人材でもある。
どういうことか?
中国人は往々にして日本と日本人を良く思わず、貶す傾向にある。
だからそれを逆手にとって、コミカルな宰相が笑われる演出を全面に出す。
狙い通りそれらの様子を見た中国国民は、日本の首相をあざ笑い、自国に持つ不満やコンプレックスを解消するため、好んで注目するようになった。
でも平助が一般人と気軽に談笑したり自然に触れ合う姿を見るうちに、自国の偉大な(尊大な)指導者の何と物々しい事か。
無意識に比べるようになる。
そして次第に感じ方に変化が現れ始めた。
このところ、失敗続きの偉大な指導者。
かたやお世辞にも頼り甲斐がありそうもない、庶民出身、平凡な容貌の宰相。でも彼は着実に国民のために実績を残しているようだ。
この差は一体何だろう?
疑問から自国の指導者に対する不信に変わる。
その潜在的不満が充満した国内の雰囲気を、人民解放軍が汲み取り各地で立った。
まず中央の政治体制に一番大きな戦力を有し、不満を持つ北部戦区(旧満州を中心にした中国東北部)が反旗を掲げ、次に新疆ウイグル地区を担当する西部戦区が後に続く。
こうしてそれら各戦区を束ねる中央軍事委員会が崩壊、政権が倒れ群雄割拠した。
もちろん台湾侵略など、何処かに吹き飛び、ひとまず危機から脱することに成功した日本。
まだまだ情勢は流動的なので胸を撫で下ろすには早いが、久々に平助の宴会癖が戻り、角刈り3人衆プラス、ダンディー井口(外相)、板倉、カエデ、エリカの不動の宴会メンバーが近隣の居酒屋に集った。
「他国の不幸を祝うのは決してやってはいけない事だけど、今回の日本の危機からの脱出を喜ぶのは罰当たりとは言えないよね?
乾杯しても怒らないよね?」
「次は仲違いした中国の各勢力を仲直りさせる努力もしなきゃね。
平助に責任があるんだから。」
「エェ?何で僕に責任が?」
「だって平助がヒョットコみたいなみっともない姿を中国人の前に晒したから、中国の独裁政権が倒れたんでしょ?だったら平助の責任ジャン?」
「誰がヒョットコじゃい!誰がみっともない姿じゃい!いつもあんなに真摯な姿をアピールしたのに。
こんな真面目な男前、他に居るか?失敬な!!」
「全世界の男の中で平助は男前ランキングで、ダントツ世界第一位の最下位だよ!自覚は無いのかい?」
「世界第一位の最下位?何じゃそりゃ?それって日本語か?
そんな自覚あるかい!大体カエデなんかに言われたくないし!」
「まあまあ、今後の中国の動向にも不安は有るけど、日中両国の幸せを祈るってことで。」と、いつも調整役の田之上(官房長官)がとり成す。
「そうだよ、今後の日中友好の道筋をつける第一歩を築いたのだから、そこは喜んでも良いんじゃない?」とエリカ。
「これが真に仲良くなるキッカケになるといいな。」
(そしてお前たちもな。と心で平助とエリカの仲を心配する杉本。)
「それではそう云う事で!乾杯ァ~ィ!!」
「これからが正念場。根性見せてよ、平助総理!」
どさくさに紛れ、さりげなくプレッシャーをかけるスポーツ根性路線の板倉であった。
「ヒエェ~!」と前途を嘆く平助。
つづく