アイリス あいりす 

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人間の孤独について<NO186>

2014-06-15 21:22:54 | 日記
ちょっと、今日は哲学的な話ですが、
人間の孤独とは、いかなるものか。

先日親戚の伯父と話をする機会が
ありました。

私の母のいとこですから、大伯父という関係
でしょうか。彼は都内に住んでいます。

20年前の父の葬儀の時以来ですから、
随分経っていました。
以前あったときには、奥さんを亡くされていて、
再婚を考えていると、聞きましたから、
その後どうされているのか、聞きました。

「再婚はしなかったよ」と寂しそうに
笑っていました。
その時も、今も息子さん夫婦との
同居ですから、寂しくなく、いいですねと
話したら、

「人間の孤独とは、連れ合いを
無くすことが、本当の孤独なんですよ。
一緒にいて、ひとりになる時間を持つことを
孤独と思っているかもしれないけど、それとは
違うんです。本当の孤独なんです。

日常的に会話がない、人気がない、食事をする
相手もいない。」

「お酒を飲まないから、食事は外ですることは
あっても、食事の店で、お店のおかみさんと話を
したり、横に座った女性と話をすることもないし、
お酒を飲む店なら、そういうことは、自然にできる
場ですが、食事だけの店は、違いますからね。」

「自分は再婚をしたかったけれど、まあ色々と
事情もあり、結局しなかったけどね」

「だけど、友人や後輩には、言ってきたよ、
いい人がいたら、再婚したほうがいいですよ、
人生が豊かに暮らせるから。と
、本当にそう思っているよ」
静かにとつとつと、話してくれました。

大伯父さんの本音だと思いました。

私が「93歳の女性がおじさんと同じような
立場ですが、その人も、私に『他人に頼みにくい
ことも、旦那さんには遠慮なく頼めるでしょ?』
と言ってました。と言ったら、頷いていました。

孤独とは、息子や娘で埋まるものではないようですね。
いつも一人ボッチは、連れ合いを無くしてから
解るものだと。


そういえば、友人の話ですが、ご近所の老人が
奥さんをだいぶ前に無くされて、一人で
住んでいて、自治会の班長の番が彼に回った時に、
「やりたくない」と言われて、他の方と一緒に
説得しに行き、1年やってもらったそうです。

説得した手前、お祭りにも彼の様子を見に
いったところ、腕まくりして、焼きそばを
作って、若い人とおしゃべりして、活気が
あったそうです。
その後
その人が班長を終えて半年してから、入院したそうで、
彼女たちは、お見舞いに行きました。

そうしたら、彼は「あの時はありがとう、班長を
やって皆と楽しかったよ」
彼は結局、家には戻れなかったそうですが、
友人は「あの人もきっと、寂しかったのね、でも
やってくれて、みんなと顔なじみになれて、道で
あっても、言葉をかけてもらって、喜んでいたよ」

また、当に亡くなってしまった、ずっと年上の友人の
女性も、老人ホームを訪ねた私に「人間はひとりでは
生きられない」といいました。


孤独を愛するなどと、かっこつけても
所詮は、孤独を知らないから言えるのか

ひとりで生涯を暮らす人は、きっとこのようには
思わず、もっと違うのかもしれません。

あるものを、無くすことで、気づくことかも
しれません。

人生の終わりに差しかかって、孤独とはなにか
孤独は人に何をもたらすのか、
孤独を癒す人との触れ合いとは、どのようなことなのか?

人と向き合って話をする機会を
自分からもっと積極的に出て行くことしか
今の時代は、普通にしていては、ありえない
のかもしれない。

かつて、田舎に住んでいた私も、
ある光景が浮かんできます。
我が家の庭の隣の畑にいつも来ている
おじいさんがいましたが、一仕事終えて
ちょっと、うちの母と雑談したりして
いたのを、覚えています。野菜の育ち具合
だとか、花の名前だとか、言っていました。

きっと、このようなことも、
孤独の解消になっていたのかもしれません。

母も当然のように、話をしていましたから、
それらは、日常のたわいもない時間だったのです。

人生は孤独との戦いーーーまだ私はそれを
解っていないのですね。


コメント (2)
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