ヤマヒデの沖縄便りⅣ 歩き続けて 歩き続ける 再び

「基地の島」沖縄を歩き続け34年、気ままに綴ります。自然観察大好き。琉球諸島を戦場に据える「島嶼防衛」は愚の骨頂。
 

2021年1月29日朝(20210129)

2021年01月29日 | その日暮らし

 今週も金曜日を迎えた。25日ー「ホワイトビーチ」、27日・28日ー「ブルービーチ」に出かけ、自然の豊かさと生き物の妙を見て、改めて感動に包まれていた。そこに昨日28日の上陸演習を一日見続けて、昨夜はこのギャップの大きさに胸が詰まった。

 戦争する国大日本帝国は、1945年9月2日の降伏調印後も、「気分は戦争」だったのではないか。精神主義だけでは経済力・物量の壁を越えられないことがわかり、戦後は米国にひざまずきながら、経済成長一本やりで走ってきた日本。「裏面史」としての沖縄割譲で、米国による沖縄の軍事化を支えてきた日本。こうして「立派」に米日共同軍事態勢を果たしてきた日本。

 この類いの裏面史は天皇問題にも見て取れる。天皇を絶対化する教えはいまだに「象徴天皇」としていきており、自分が自己を問い社会を問う視点・姿勢を曖昧にしている「日本国民」がまだ多数派のようだ。裏面史は表の歴史・顔に張り付いているのだ。無意識の中にぴったりとくいついており、これを除去するのは大変だ。子ども時代に刷り込まれた意識は簡単に修整できないのだ。

 軍事演習場の名前を「ブルービーチ」・「ホワイトビーチ」・「レッドビーチ」だなどとする米軍のセンスは、露骨に植民者らしいものであり、唾棄すべき感覚だ。その傍らに田芋の水田があり、独特な自然環境を構成している。このあたりは「ブルービーチ演習場」がなければ金武湾と接している一帯なのだ。

 もっとも金武湾の南の平安座島にはCTS(石油備蓄)基地ができており、平安座島・宮城島・伊計島が道路で繋がれてしまい、金武湾を守る会の闘いがありながら、こうなってしまった。これも基地の島が生み出したひとつの帰結であろう。

 私は改めて沖縄島・琉球諸島を基地の島から解放する明日を見定めていかなければならないと思う。沖縄に軍事化を押しつけ続けて経済成長一本でやってきた日本国が、そこにいき詰まり、改めて軍事化に延命策を見いだしているのが現代の日本国の実態だろう。

 こう考えれば、まだ残されている大浦湾も金武の水田も、泡瀬干潟も与那国島も石垣島も宮古島も、自らの自然を残し活かしながら、基地を追い出していかなければなるまい。私は改めてそう感じている。沖縄・琉球諸島が戦場にまきこまれないためにも、私は小さな生きものたちとの繋がりを大切に歩んでいきたい。



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