宮崎駿監督のアニメ『風立ちぬ』に関連して、堀辰雄の『風立ちぬ』とあわせて、堀越二郎の『零戦』が売り出されていたので、購入しておいた。本書は1970年3月に光文社のカッパ・ブックスから刊行され、1984年12月に講談社文庫で刊行された。今回のアニメ『風立ちぬ』の制作にあわせて、角川文庫より再刊。それにあわせた解説もついている。
堀越二郎は1903年、群馬県生まれで東京帝国大学航空学科を卒業し、三菱内燃機(現三菱重工業)に入社。戦時中は96式艦上戦闘機、零式艦上戦闘機を含め、雷電、烈風と、世界の航空史に残る名機の設計を立がけた。戦後は三菱重工業参事、新三菱重工業参事経て退職。東京大学、防衛大学、日本大学などで教鞭をとった。1982年死去。
私も少年の頃は「兵器おたく」で、零戦や軍艦の絵を描いて自己満足しているような子供だったので、零戦の設計者である堀越二郎という人の名前は知っていた。しかし、その零戦がどのような苦労の末生み出されたのかは知る由もなかった。今回アニメ『風立ちぬ』の主人公のモデルになった堀越二郎に関連して、角川文庫よより『零戦』が再刊されたので読んでみた。明治維新、文明開化以来、海外の技術の導入と模倣によって発展してきた日本が、中国への侵略を広げていく中で、航続距離がながく戦闘能力の高い戦闘機を持つ必要に迫られ、堀越二郎をチーフとする設計チームが血のにじむような苦労の末作り出したのが、零式艦上戦闘機である。しかし、日本がアメリカなどとはじめた太平洋戦争で、零戦は当初大きな戦果をあげながら、アメリカ軍の物量とF6Fなどの新兵器の投入のもとで次第に劣勢となる。そして零戦の最後の舞台は神風特別攻撃隊という体当たり作戦になる。このことについて堀越二郎は「あとがき」で「おわりに、飛行機とともに歩んだ私の生涯において、最大の傷心事は神風特攻隊のことであった」と述べている。すぐれた技術も時の政治の中では、とんでもない結果をもたらす。私の友人にも土木建設で生きてきた人物がいるが、原発の建設にもかかわったことがあって、そのことを誇りにしている気配であった。技術の面からだけでなく、社会のあり方の面に明確な意識をもたないと、この国の行く道を再び誤らせることになるのではないか、そんな気がした。