使用者が労働時間管理を怠っている場合,残業代 (割増賃金)の請求をしようとする社員側としては残業時間の正確な立証が困難となりますが,使用者には労働時間の管理を適切に行う責務があること(平成13年4月6日基発339号「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関する基準」)もあり,裁判所は,直ちに時間外労働・休日・深夜労働の立証がなされていないとはせず,社員の日記,手帳へのメモ等の証拠から,時間外労働・休日労働時間を推認することができるかどうかが審理されるのが通常です。
社員の日記,手帳へのメモ等は,実際の労働時間に合致した内容で記載されているとは限らず,後になってまとめて適当に作成された可能性もあり,残業代請求をする意図で労働時間を記載したとなると,いきおい労働時間を水増しして記載する動機が働くなど,それだけでは証明力が高いとはいえませんが,社員の日記,手帳へのメモ等であっても,その記載内容が詳細なものだったり,全部又は一部が客観的証拠に合致していて矛盾点がないような場合は,そのメモ等により労働時間について一応の立証がなされていると評価できる場合もあります。労働者により一応の立証がなされた労働時間に対し,会社経営者側がそれなりの反証ができなければ,一応の立証がなされた労働時間に基づいて残業代が算定され,残業代の支払を命じられるリスクが生じることになります。
労働時間の管理を怠っていた会社経営者が,1年も2年も前の社員の時間外労働・休日・深夜労働時間について反論することは困難なことが多く,手間の割には反論が功を奏しないことも珍しくありません。会社経営者としては,タイムカードや日報等のない会社で,入社直後から出社時刻と退社時刻の記録をメモ等に残してきた(と労働者が主張している)ケースも多くなっている現状(≒退職したら残業代を請求してやろうと考えながら,在職中は黙ったまま仕事を続け,残業している労働者が増えている現状)を,よく認識しておく必要があります。こういった社員は,在職している限りは残業代を請求してくる可能性が低いのですが,何らかの問題を起こして退職させられそうになったり,経営者や上司に嫌われたと感じて傷ついたりした途端,残業代の請求をしてきます。最低限,始業時間,終業時間については,タイムカードや日報等の客観的証拠をそろえて反論できるようにしておくべきです。
時間外労働した場合に労基法で取得を義務づけられている1時間の休憩時間を超える休憩時間を取得させていると主張したい場合には,就業規則等にその旨明記することに加え,休憩時間を取得している時間を立証するためのタイムカードや日報等の客観的証拠が欲しいところです。
労働者の手帳等の記載の信用性が不十分な事案であっても,民訴法248条の精神に鑑み,割合的に時間外手当を認容することも許されるとして,労働者請求の時間外手当の額の6割を認容するのを相当とした裁判例もあります。250万円の時間外手当が未払となっていると主張して労働者が訴訟を提起したのに対し,労働者の手帳等の記載の信用性が十分ではないとしつつ,裁判官が諸事情を検討し,150万円の時間外手当の支払を命じたというようなイメージです。