残業代(割増賃金)の請求を受けている労働審判事件で付加金の支払を命じられることがありますか。
労働審判 は判決ではありませんので,労働審判で付加金の支払を命じられることはありません。
労働審判手続申立書において付加金の請求がなされていることは珍しくありませんが,これは,労働審判手続において調停が成立せず,労働審判に対して異議が出されて訴訟に移行した場合に備え,2年の除斥期間を遵守するためのものに過ぎません。
労働審判 は判決ではありませんので,労働審判で付加金の支払を命じられることはありません。
労働審判手続申立書において付加金の請求がなされていることは珍しくありませんが,これは,労働審判手続において調停が成立せず,労働審判に対して異議が出されて訴訟に移行した場合に備え,2年の除斥期間を遵守するためのものに過ぎません。
裁判所は,未払残業代 (割増賃金)がなければ,付加金の支払を命じることができません。
したがって,第一審判決に対して控訴し,
① 未払残業代(割増賃金)が元々存在しないことを主張立証するか,
② 未払残業代(割増賃金)の全額について弁済した上で控訴審において未払残業代(割増賃金)弁済の事実を主張立証すれば,
未払残業代(割増賃金)の請求も付加金の請求も棄却されますので,付加金の支払を免れることができます。
裁判所は,未払割増賃金がなければ,付加金の支払を命じることができません。仮に,和解が成立しなかったとしても,未払割増賃金相当額を原告本人の給与振込口座に源泉徴収した上で振り込んで支払ってしまえば,未払割増賃金請求が棄却されるのは勿論,裁判所は付加金の支払を命じることもできなくなります。
したがって,残業代請求訴訟における和解額に付加金の金額を考慮するのは筋違いですので,応じる必要はありません。
付加金の請求は,違反のあったときから2年以内にしなければならないとされていますが(労基法114条ただし書),この期間はいわゆる除斥期間であって時効期間ではないと考えられており,労働者が付加金の支払を受けるためには,2年以内に請求の「訴え」を提起する必要があります。
残業代 (割増賃金)は内容証明郵便で請求すれば6か月消滅時効期間を延ばすことができますが,内容証明郵便で請求しただけでは,付加金請求の期間制限には何ら影響がありません。このため,内容証明郵便で残業代(割増賃金)支払請求を受けた結果,残業代(割増賃金)については2年分の支払を余儀なくされたとしても,付加金については1年7か月分とか1年10か月分の残業代(割増賃金)についてのみ支払を命じられるケースもあり得ることになります。
残業代 (割増賃金)請求訴訟では,付加金の請求もなされるのが通常で,例えば,未払の残業代(割増賃金)の額が300万円の場合,さらに最大300万円の付加金の支払(合計600万円の支払)が判決で命じられる可能性があります。
使用者が残業代(割増賃金)の支払を怠っている場合,残業代(割増賃金)と同額の付加金の支払が命じられることが多くなっていますが,付加金の支払を命じるかどうかは裁判所の裁量に委ねられており,全く付加金の支払が命じられないこともないわけではありませんし,未払残業代(割増賃金)の50%とか80%といった金額の付加金の支払が命じられることもあります。
私が使用者側代理人を務めた事件の東京地裁平成23年9月9日判決でも,「原告は,・・・本件割増賃金について労基法114条本文に基づき付加金の請求をしているところ,同条は『裁判所は・・・付加金の支払を命ずることができる。』と規定しているにとどまるのであるから,裁判所は,諸般の事情を考慮し,付加金を命ずることが不相当であると判断した場合にはこれを命じないことができ,また,これを命ずる場合であっても裁量により減額することができるものと解するのが相当である。」とされています。
会社経営者側としては,付加金の支払を命じるのが相当でない事情があるのであれば,その事情を主張立証しておくべきです。
使用者が,
① 解雇予告手当(労基法20条)
② 休業手当(労基法26条)
③ 残業代 (割増賃金)(労基法37条)
④ 年次有給休暇取得時の賃金(労基法39条7項)
のいずれかの支払を怠り,労働者から訴訟を提起された場合に,裁判所はこれらの未払金に加え,これと同一額の付加金の支払を命じることができるとされています(労基法114条)。
①~④以外の基本給等の賃金について付加金の支払を命じられることはありません。
残業代 (割増賃金)の消滅時効期間は,2年です(労基法115条)。ただし,内容証明郵便等による残業代(割増賃金)の請求があり,6か月以内に訴訟提起等がなされた場合には,消滅時効が中断します(民法147条1号,153条)。
2年以上勤務していた労働者からの残業代(割増賃金)請求においては,通常は,直近2年分の残業代(割増賃金)について請求がなされることになります。理屈の上では,最後の給料日から2年間は残業代(割増賃金)の請求を受けるリスクがあるのですが,実際には退職してから間もない時期に残業代(割増賃金)請求がなされる事案がほとんどです。退職後数か月経過してから突然,残業代(割増賃金)請求がなされることもありますが,退職後1年以上経過してから残業代(割増賃金)請求がなされることは滅多にありません。
株式会社,有限会社等の営利を目的とした法人の場合,残業代 (割増賃金)の遅延損害金の利率は,賃金支払日の翌日から年6%です。
社会福祉法人,信用金庫等の営利を目的としない法人の場合,残業代(割増賃金)の遅延損害金の利率は,賃金支払日の翌日から年5%です。
ただし,退職後の期間の遅延損害金については,年14.6%という高い利率になる可能性があります(民法419条1項・賃金の支払の確保等に関する法律6条1項・同施行令1条)。
厚生労働省令で定める事由に該当する場合には,その事由の存する期間については賃金の支払の確保等に関する法律6条1項・同施行令1条の適用はありませんが(賃金の支払の確保等に関する法律6条2項),従来は当該事由に該当するかどうかについて裁判で争点になることはそれほど多くなかったようです。しかし,会社側としては,厚生労働省令で定める事由に該当する可能性があるような事案であれば,しっかり主張すべきではないでしょうか。特に,「支払が遅滞している賃金の全部又は一部の存否に係る事項に関し,合理的な理由により,裁判所又は労働委員会で争っていること。」(賃金の支払の確保等に関する法律施行規則6条4号)に該当する場合は,それなりにあるように思えます。民事訴訟では弁論主義が適用されますから,会社が厚生労働省令で定める事由の存在を主張しさえすれば立証が容易で割増賃金の遅延損害金の利率を下げられるような事案であっても,会社側が主張すらしなければ,そのまま年14.6%という高い利率が適用されることになってしまいます。
私が使用者側代理人を務めた事案の東京地裁平成23年9月9日判決は,賃確法施行規則6条4号にいう「合理的な理由」の存在について以下のとおり緩やかに解釈して「賃確法6条2項,同法施行規則6条4号にいう「合理的な理由」には,裁判所又は労働委員会において,事業主が,確実かつ合理的な根拠資料が存する場合だけでなく,必ずしも合理的な理由がないとはいえない理由に基づき賃金の全部又は一部の存否を争っている場合も含まれているものと解するのが相当である。」と結論付けており,当該事案における未払割増賃金に対する遅延損害金の利率も,商事法定利率(年6分)によるべきものとしています。
「そもそも賃確法6条1項の趣旨は,退職労働者に対して支払うべき賃金(退職手当を除く。)を支払わない事業主に対して,高率の遅延利息の支払義務を課すことにより,民事的な側面から賃金の確保を促進し,かつ,事前に賃金未払が生ずることを防止しようとする点にあるが,ただ,それは,あくまで金銭を目的とする債務の不履行に係る損害賠償について規定した民法419条1項本文の利率(民法404条又は商法514条に規定する年5分又は年6分である。)に関する特則を定めたものにとどまる。」
「以上によると上記(1)の賃確法6条2項,同法施行規則6条は,遅延利息の利率に関する例外的規定である同法6条1項の適用を外し,実質的に原則的利率(民法404条又は商法514条)へ戻すための要件を定めたものであると解することができ,そうだとすると賃確法施行規則6条所定の各除外事由の内容を限定的に解しなければならない理由はなく,むしろ上記原則的利率との間に大きな隔たりがあること及び賃確法施行規則6条5号が除外事由の一つとして「その他前各号に掲げる事由に準ずる事由」を定め,その適用範囲を拡げていることにかんがみると,同条所定の除外事由については,これを柔軟かつ緩やかに解するのが同法6条2項及び同施行規則6条の趣旨に適うものというべきである。」
36協定を締結して労基署に届け出ていない場合にも,使用者は残業代 (割増賃金)を支払う義務があります。
36協定の締結・届出がなされていない場合には,原則として時間外・休日労働(残業)を命じることができませんが,36協定の締結・届出をすれば,直ちに時間外・休日労働(残業)を命じることができるというわけではなく,時間外・休日労働(残業)を命じることができるというためには,労働契約上の根拠が必要となります。
就業規則や労働条件通知書に時間外・休日労働(残業)を命じることがある旨規定されているのが通常ですし,最近では時間外・休日労働を行って残業代 (割増賃金)を稼ぎたいという希望を持った労働者が多いというのが実情ですので,残業命令権限の有無が問題となる事案はあまり多くはありません。