一昨日、改造T細胞(CAR-T細胞)による老化の”治療”について投稿しましたが、”病気の治療”は老化細胞を除去するクスリ(セノリティクスと言います)に頼るとして、今日は普段の生活の中でできる健康長寿を考えてみたいと思います。
「養生訓」をご存知でしょうか。これは、江戸時代の本草学者(今で言えば薬学者でしょうか)で儒学者でもあった貝原益軒が1712年に書いた健康と長寿に関する指南書です。この本には、貝原益軒自身が実践し、85歳まで健康に長生きした方法が記されていて、現代においてもその教えは有効であるとされています。身体だけでなく、人生を豊かにする精神の健康も重視していて、内容をまとめると、以下のようになります。
腹八分目で運動しよう
養生訓の中で2と3は、4月2日の投稿で触れたオートファジーの概念に関係していると私は思っています。オートファジーは細胞が自らの一部を分解し、分解したパーツを使って新しい細胞を生成する、身体が本来持っている機能です。酸化や糖化を受けて古くなった(つまり老化した)細胞を作り直すので健康長寿に関連していると考えられます。また、飢餓の状態や運動の負荷で活性化することが分かっており、腹八分目で次の食事までに空腹を感じることやウォーキングが長生きのコツということの科学的な裏付けとも言えるのではないかと思います。”欲しいから食べる”のではなく、”お腹が空いたから食べる”、無理をしない程度で運動するということが大事なのです。運動は、ブドウ糖を筋肉に取り込み脂肪を燃焼させることに繋がるので、糖尿病、脂質異常症などの予防にも繋がります。また、空腹はサーチュインという長寿遺伝子を活性化することにも繋がります。サーチュインは抗酸化やDNA修復の働きがあり、オートファジーと密接に関係する健康長寿に欠かせない遺伝子だと考えられます。
ミトコンドリアを元気にしよう
さらに、細胞内にはATPというエネルギーを作ってくれるミトコンドリアという小さな器官があって、オートファジーは古くなったミトコンドリアを分解して再生する働きもしています(マイトファジーと呼ばれています)。ミトコンドリアはT細胞内(もちろん改造T細胞内にも)にもあって、T細胞が動くエネルギーも作っています。つまり、ミトコンドリアが老化するとT細胞(免疫機能)が正常に働かなくなります。空腹と運動でミトコンドリアの力を維持して数を増やすことは、免疫が正常に働き、健康長寿に繋がるのです。免疫とミトコンドリアの関係を詳しく知りたい方は、大阪大学医学部教授 森下竜一先生の著書「防げ!免疫老化 免疫の鍵はミトコンドリア」の一読をお奨めします。
食材選びでオートファジーを活性化しよう
オートファジーや長寿遺伝子は健康長寿に寄与する可能性がありますが(同じような考えに基づいた研究論文や書籍も多くあります)、動物実験の結果と養生訓を結びつけたのはあくまでも私の仮設であり、現時点では人間に対する確定的なエビデンスは得られていません。でも、腹八分目を意識するだけで長生きできるなら、それで良いではないですか。「オートファジーと長寿遺伝子で細胞が新しくなるんだ」と思いながら食事をすれば、より効果が高くなると思います。オートファジーを活性化させる食品成分の研究も進んでいるようです。納豆で、ほかにも味噌や醤油、チーズなど豆類や発酵食品に多く含まれるポリアミンの一種スペルミジンやブドウや赤ワインに含まれるポリフェノールの一種レスベラトロールがあります。高脂肪食を食べるフランス人が長生きするという“フレンチパラドックス”は赤ワインとチーズがが寄与していると言われています。日本には味噌汁という文化もありますね。
オートファジーとエントロピー
2016年のノーベル生理学・医学賞の受賞された大隅良典先生(東京工業大学栄誉教授)の研究「オートファジー」は饑餓状態で活性化するというのは、タンパク質の分解でできたアミノ酸をエネルギーとして供給するということがありますが、健康長寿に関わるのは、細胞の再合成の材料として供給することです。以前にも投稿したエントロピーの話に戻りますが、熱力学第二法則によって、古くなった(老化した)細胞は分解されるとエントロピーが増大します。分解され続けると生命は維持できないので、再合成する必要があり、エントロピーに抗う必要があります。オートファジーはエントロピーに抗って生き続けるために獲得した生命の重要な機能だと思います。これまで何度か投稿してきたように、エントロピーが健康長寿の鍵を握っていてその意義は深いです。
【参考】病気の治療とオートファジー
オートファジーを誘導する物質がパーキンソン病などの神経変性疾患治療薬の候補となることを順天堂大学のグループが発見し、研究が続いているようです。また、ミトコンドリアの機能不全(ミトコンドリア病)は様々な病気に繋がりますが、マイトファジーを利用するミトコンドリア病の治療も研究されています。健康長寿を目指す場合、バランスの取れた食事、適度な運動、ストレス管理などの健康的な生活習慣が重要です。動物実験において、オートファジーを活性化させる遺伝子変異を持つモデル生物は、通常の寿命よりも長寿であることが報告されています。体内に存在しない物質(クスリ)でオートファジー活性化すると別のシステムにも作用してバランスが崩れるおそれはありますが、病気の治療により、安全性、費用を踏まえて患者さんに有益であるなら早く薬になることを願ってます。
【参考】オートファジー以外の老化細胞除去機能
タンパク質を分解する機能としてユビキチン-プロテアソーム系(UP系)というものがあります。ユビキチン-プロテアソーム系がオートファジーと異なるのは、分解のみの働きということです。オートファジーが細胞自身が細胞内の不要なタンパク質を包み込んでリソソームという袋の中で消化するのに対して、UP系はユビキチンというンパク質が不要になった他のタンパク質(オートファジーの標的よりも小さな分子)にくっついて分解標的の目印となり、タンパク質を分解するプロテアソームという酵素が目印に向かっていくことで分解します。分子ユビキチンという名前はユビキタス(どこにでも存在する)が元になっているように、身体のあらゆる場所で不要なタンパク質を分解してくれます。生命の誕生の頃から備わっている機能のようです。簡単に言えば、UP系は「タンパク質の掃除屋さん」、オートファジーは「細胞のリサイクルシステム」でしょうか。
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