ゆうちゃんの独り言

モーツァルトが大好きで毎日欠かさず聴いています。人生の生き方は仏教で毎日般若心経を唱え、時間を見つけて寺巡です。 合掌

■ ゆとり教育とゆとり社員!!

2009-01-17 17:28:54 | Weblog

 昭和55年度から学習指導要領が改正され、ゆとりを前面に出した考え方で教科指導を行
わない「ゆとりの時間」が始まった。当然その分だけ従来からの学習内容や授業時数の削減
が行われた。

 さらに平成4年の9月から第2土曜日が休業日に変更、平成7年4月からはこれに加えて
第4土曜日も休業日となり、平成14年度からは完全学校週5日制となった。当然のことで
あるが、削減された時間に本来のゆとり教育が行われているはずであるが、その弊害がいま
の社会に影響し始めている。端的に現れているのは、新入社員の取り組み姿勢に見られる。

 戦後の復興期からバブル期に入るまでは、日本中が本当の意味でまじめに頑張って日本と
いう国を発展させ世界の国々に追いつき、そして次の世界を引っ張って行くところまでたど
り着いた。あまりにも一直線に走り続けてきた結果、ふとこのままで良いのだろうかという
奥が深い疑問に対して答えがないまま、心情的な感覚でほっと一息つくためのゆとりが必要
だとの大きな流れに流されるように、ゆとり=休み的な考えで世の中が進んできてしまった。

 本来のゆとりとは、自分を見つめ分析しある程度の方向性をだせる人間がゆとりという環
境の中で、何かを成し遂げるものだと理解しているが、どうも世の中はこのような考え方で
はないようだ。

 自分で考えたことを自分の都合で進め、自分勝手に対応することがゆとりと考えているよ
うに思われる。人間は一人では生きられないことを知らずして、ゆとりに走るのは大きな誤
りである。自分とは、他人があって初めて自分の存在があるということを、確実に認識した
後に行動すべきである。

 残念なことに、この考え方が抜けているのが今時の新入社員である。すべての新入社員が
当てはまるのではないが、昔に比べると明らかにゆとり教育の弊害による人間性欠陥のある
社員が多くなっている。

 とにかく自分を主張するのが得意であり、変に自信をもっているから扱いが大変である。
私が新入社員のときは、何をするのも自信がなくて悩みながら先輩の行動を観察し、仕事の
流れをつかみ覚えたが、今はこの方法は通用しない。

 マニュアルのようなものを作成し、かつ徹底的に指導して初めて業務を覚える行動に入る。
このプロセス抜きで仕事を指示すると、このようなことは習っていないから出来ないと言い
出す。要は何から何まで一旦はお膳立てをしなければ動かないのが現実である。さらに優し
く言っても結果的にプライドが傷つけられたと感じると、もう大変で会社を休んでしまう輩
もなかにはいるとのことで、扱いが非常に難しい。

 これらの根本的な原因は、いままでのゆとり教育の実践と厳しさのない教育指導にあった
と言える。もっと人間として考え行わなければならないことを真剣に考える時間がないまま、
ゆとり教育という美名の中でちやほやされて育った団塊の世代が、これからわんさと社会で
働くようになってくる。従来以上に企業での育成は大変になると覚悟しなければならない。

 最も困るのは、自分と他人の関係を理解していないことだ。人間は他人があってはじめて
共存できることを親も学校でも親身に教えないことが大きな原因である。自分を守ることだ
けに力点を置き、他人は独立した存在で関係ないと考える。困ったものである。

 したがって「忘己利他」の考えが重要であり、この考えのもとに自分があるとの気づきを
教えることがゆとり教育を是正する第一歩であると考える。

■ 昨年のNHK交響楽団第9演奏会をTVで聴いて♪♪

2009-01-17 17:27:00 | Weblog
 昨年の大晦日の夜、NHKの教育TVでレナード・スラットキンの指揮によるベートーヴ
ェン/交響曲第9番ニ短調作品125「合唱つき」が放送されていたので、久しぶりに第九
を聴き、新しい年を迎えました。

 昔は年末になると必ず第九を聴きに行っていましたが、ここ数年生演奏を聴かずに年を越
してしまっていました。特段の訳があるのではないのですが、ただ何となく出かけるのがお
っくうになってきたためです。

 歳をとるということはこのような行動様式にまで影響してくるのかと思うと、ちょっと寂
しい気持ちになります。若い頃はベートーヴェンが命のようによく聴いていましたが、今は
繊細でシンプルなモーツァルトの音楽しか聴けなくなりました。音が多い音楽は聴いていて
疲れます。ベートーヴェンの音楽は音が多いとは言えませんが、少なくないのは確かです。

 さて、生演奏と異なりTVでの音楽鑑賞であったのでいろいろ制約がありましたが、聴い
た限りの感想はスラットキンの指揮が冴えていて、非常によかったと思いました。1楽章と
2楽章はメリハリの利いた演奏で、今の世の中の不景気を打開するような表現であり、3楽
章は木目細かい動きで暖かさを感じましたし、4楽章は特に艶がある感覚を感じながら聴い
ていました。

 全体的に低音部の使い方に特徴があり演奏自体は非常に良い演奏であったと思いました。
特に繊細な表現をする時には、指揮棒を左手に持ち替えて、細かい指示を出している様子が
はっきりと分かりました。客席からではこのような細かな指揮者の様子が分からないですが、
TVでは全ての様子が分かり、従来と異なる聴き方が出来たので楽しみながら聴けました。

 独唱者は、ソプラノが横山恵子、メゾ・ソプラノが加納悦子、テノールがウォルター・プ
ランテ、バリトンが甲斐栄次郎でした。個人的にはバリトンの甲斐が良かったと思いました。
なお、合唱は国立音楽大学でした。

 レナード・スラットキンは、アメリカを代表する指揮者で2008年秋からデトロイト交
響楽団の音楽監督に就任し演奏活動を続けています。私がスラットキンを知ったのは今から
30年も前の1979年にセントルイス交響楽団の音楽監督になった頃からです。

 あまりメジャーでなかったセントルイス交響楽団を、数年のうちにアメリカでも指折りの
オーケストラに成長させた話は有名です。N響には1984年に初登場して以来、共演を重
ね、今回が8年ぶり6回目とのことでした。

久しぶりに再会したスラットキンですが、ちょっと歳をとったとのイメージを受けました。
今年65歳ですが、これからまだまだ良い演奏が期待できる指揮者だと思います。