くりぃーむソ~ダ

気まぐれな日記だよ。

地図にない場所(33)

2020-05-06 19:51:32 | 「地図にない場所」
 サトルは、ガッチが板切れで丸太舟を漕ぎ始めると、舟の後ろをつかんだまま川岸を蹴り、バタバタと足で勢いよく水をかきました。
 追いかけて来る青騎士に注意しながら、二人は一生懸命になって水をかきました。ちょっとでも気を抜くと、ときおり打ちつけてくる高い波に、また岸に戻されてしまいそうでした。
 遅れて岸にたどり着いた青騎士は、遠く離れていく二人をうらめしそうに見やりながら、ただ黙って、川岸に立ちつくしていました。
「もう、追いかけてこないみたいだね」と、息を切らせたサトルが、流木が変化した丸太舟を感心したように見つつ、ほっとしたように言いました。
「どうだかな」と、ガッチが首を傾げました。「おとぎ話で聞いた話じゃ――」
 サトルが青騎士を見ていると、青騎士はなにを思ったのか、馬ごと川に入り始めました。
「――なんだよあれ、青い騎士が川の中を追いかけてくる」サトルは、バタバタと水を蹴る足に力を入れました。
「冗談じゃねぇぞ」と、ガッチも板で漕ぐ手に力を入れました。「おとぎ話のとおりだ――」
 馬に跨がったまま、川を進んでくる青騎士は、川の水が胸元を過ぎて、面がいにまで届いても、前進を止めようとしませんでした。そして、青騎士の姿が面がいの半分から上だけになり、ついには、小さな泡沫を残して、完全に水面下に没していきました。
「はぁ――」と、ガッチがほっと息をつきながら言いました。「やっと逃げられたぜ。一時はどうなるかと思っちまった。でもなんだったんだ、あの化け物は……。今考えても寒気がするぜ」
 ガッチがブルッと体を震わせると、サトルが言いました。
「――もしかして、川の底を歩いて追いかけて来るんじゃないの」
「――おいおい、まさかそんなこと」と、ガッチは笑いましたが、どう見ても普通ではありませんでした。
「サトル、気を抜くなよ」と、ガッチは休んだ手を元に戻して、これまで以上に力強く板で水をかき始めました。

 ――――  

「ふうー」と、サトルは必死に水を蹴っていた足を止め、丸太舟の上に体をあずけて言いました。「あー疲れた。もう足がしびれて動かないよ。ここまで来れば、もう追いかけてこないんじゃない」
 と、サトルが考えるように言いました。「これからどうしよう。まさか、また岸に戻るわけにはいかないし――」
「先に行くしかしょうがねぇな。このまま流されてても、どこへ行くかわかったもんじゃない。ま、少し休んだら、向こう岸に向かって漕いでいこうぜ」
 サトルとガッチは、わずかに西に傾いたお日様の下、悠々と流されている丸太舟の上で、静かな寝息を立てながら、先ほどまでの疲れがどこかへ行ってしまうのを待っていました。川は、先ほどまでとは打って変わって、なんの危険も感じさせないほど、とろとろと流れていました。まるで、ゆりかごのような波が、二人の乗った丸太舟を、静かに揺らしているようでした。
コメント
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