ここは、かつて駅ピアノがおかれていた場所。
何処だったか、ルールを守らない人が多くて撤去したニュースがありました。
楽器が演奏できない私としては、楽しく演奏している人を見るとほっこりするのですが。。。
ただ、日本では難しいのも事実。
日本では「文化」を楽しむことが難しいんじゃないかな?
単に「何かを楽しむ」という事が難しいんじゃないかな?
それは何故かな?
農耕民族だから?
どんな理由があるか、それは分かりません。
ただ、音についても、絵についても、文学に対しても、自分の感性で「良い」と判断することが”なぜか”難しい。
そういう人達が、1点だけ「良い」と判断できる方法がありそうです。
それは、多くの人が「良い」と言うものを「良い」と言うものです。
私は日々思っているんですが、メディア(テレビや雑誌、新聞など)で紹介されたもの、「良い」と伝えられたものを「良い」と感じる雰囲気。
そして、それを神格化してしまう。
自分では決められない。
昨今の、某メジャーリーガーさんもそう。
そこまで連日取り上げなくても・・・と思うぐらい、一人にフューチャーしてニュースにしてたりしてる。
みんな頑張ってんだよ。ベースボール自体を好きになろうよって思うんだけどね。
アニメの鬼滅の刃とかSpy Familyなんかもそうだな。
「大人が楽しめるアニメ」
なんて、良いわけ付けてみんなで「良い」って言わないとみることもできない。
Spy Familyと Buddy Daddiesと何が違う?って思うんだけどね。どっちも面白い。
駅ピアノも、周りの人は「何がなんかわからん」って感じだろうし、弾いている人も「弾いてみた」動画のために優越感と承認欲求を満たすためにやってる感じがします。
ただただ、誰かと比べたい(それも勝てそうな相手と)と思っているように感じます。
違うと信じたいけど。
それは、純粋に「楽しむ」って感じでは無いよな~って感じます。
誰かと比べるとか、承認欲求を満たすとか、そんな事じゃなく「純粋に感じる」ってのは・・・やっぱり難しいんでしょうかね。
何が言いたいか(笑
車の音ですよ(そっちかい。。。
年々、車のマフラー音量に厳しくなります。
でもね、クルマ好きから見ると「管楽器のような、官能的な音」ってよく言うんですよ。
良い音の車は、本当に良い音を奏でます。
でも、日本自体では「音の大小」だけで語ってしまいます。
オーケストラの演奏で、「うるさい」って言うのでしょうか?
暴走族さんの音は論外としても、音や見えるものに「風情」を感じるってもの大切なのではないでしょうか。
文化を育てるのは、民族ごとに難しいんでしょうね。
先日、ハードオフさんでギターを弾いたら。。。やってみたくなりました(笑