とある何でも屋スタッフブログ

何でも屋スタッフ発信。
業務の一員としてではなく超・個人的なブログ。

コレ、なかなかです

2012-05-31 | ひとつまみの情報
イネ科の雑草が花粉を元気にふりまく昨今。(歩いているとよくわかりますが、道ばたにはイネ科の雑草だらけです)
今年は反応出た方がいっぱいいましたね~。だからこそ、「米・麦なしね」って言われた方もかなり多いです。

ワタシもやってます。
そのほうが体調イイのです。
いつもならNGな食べ物をうっかり食べても、お腹壊さないのです。

つまり、米や麦は消化吸収のパワーをものすごーく使うので、それらを食べていると身体の仕事がいっぱいいっぱいになってしまうから、ちょっとでも大きな仕事(NGな食べ物)が入るとすぐにアレルギー症状が溢れ出てしまう。
しかし食べないことで身体の仕事が余裕なので、少しぐらい大きな仕事が入ってもこなせてしまう。
・・・と、そーいうことらしいのです(斉藤先生談)!!

しかし、元々お腹が空きやすい体質なので、いつも朝からガッツリ飯を食べていたワタシは、おかずだけというのはちと無理があります。
そこでご飯の分をじゃがいもふかしたり、豆腐にしたりしてごまかしてます。
茶碗に盛ると自分の目がダマされるので、そのまま主食としてすんなり受け入れられます(ワタシだけのようですが)(^^;

ワタシが今オススメなのは、マックスバリュで売っているグリーンアイ商品の
「雪蔵じゃがいも」です。
(もしかしたらもうすぐ無くなっちゃうかもしれないです)
これ、肉じゃがにしちゃったりするとわかりにくいですが、ふかして主食として食べているとその甘さにビックリします!
(ベイクドポテトもきっと美味しいですヨ)

雪をエネルギーにして冷温貯蔵している「雪蔵貯蔵」。
貯蔵された野菜が0度近くにまで下がると、凍結を防ぐために自己防衛機能のようなもの(「自己保存機能」っていうらしいです)が働いて細胞液を濃くするため、甘くなるのだそうです。

知りませんでした(@_@;)

ということで、炭水化物をしっかり摂っているワタシは、ずーっと米麦なしなのに
ちっとも体重が減らないのでした_| ̄|○

伊勢街道その4【津~松坂】後編

2012-05-10 | 旧街道あるき
いばら餅を食べて好調な足取りになったワタシは、また調子に乗って歩き、松阪を目指します。

しかし、1.5キロ以上に渡って田んぼの間の道が続く中、ひばりのさえずりやうぐいすのさえずりを聞きながら、のどかな気分で菜の花に見とれてみたりしているうちに、また歩みが遅くなっていたようです(^^;


そしていつの間にかお昼です。いばら餅はとっくに消化されたのか、ちょっと食べたためにかえってお腹が減ってしまったのか、腹の虫まで鳴り出す始末です。
雲出川の土手を歩いているときに空腹がピークになったので、ちょっと川の近くまで降りてリュックの中から自家製パン(自宅から持ってきた)を取り出して食べるのでした。これが昼食(^^;

とりあえず中途半端に腹は満たされ、雲出川を渡ります。
昔の川渡しの場所には橋が架かっていないので、橋まで迂回します。

迂回路終わり!街道に戻ります。
街道に戻るなり、旧街道らしい街並みに嬉々とするワタシ

この辺りは旅籠が軒を並べていた雲津宿(雲出宿)らしいです。←宿場町当時の屋号が、各家に掲げられているのです。なんて素晴らしいのでありましょう♪

▲大好物の追分です(月本の追分)。ここから右へ進むと奈良街道です。この辺りにはやはり茶屋があり、一服する人が沢山いました。

この狭い街道を1日2万人ぐらいの人が行き交っていたんですね。
今では信じられないですが、追分ともなると本当に沢山の人々がいたのでしょう。

▲追分道標と街道の景色特集(^^;
香良洲道への追分道標があちこちに見られますが、伊勢街道から香良洲神社へ行く道はあちこちにあるのです。ワタシも伊勢神宮へゴールしてからの折り返しで、伊勢神宮→伊勢街道→伊勢別街道の途中で香良洲道を行ってみようかという気になってきてしまいました。
その昔「からす詣らねば片参宮」とまでいわれたそうです。

一里塚跡を見つけました。

なんだか懐かしい感じがします。
伊勢街道を歩き出してから、道標と追分道標と常夜灯ばかり見ていたように思うのですが、一里塚跡も残されてましたね。
三重県は本当に「残そう、語り継ごう」という姿勢があちこちにみられます。
ワタシも見習おうと思います・・・語り継ぐ相手がいない(^^;
ブログで語ってやるぅ~



あ、無言になってしまった←語り継いでない
実は久しぶりの歩きで、相当疲れてしまったのでした。(また写真撮っている時の記憶が飛んでます)
それにしても、この辺りは「蔵」が多いのです。普通の民家だと思っている家に、ふつーに蔵がある。しかも黒い蔵が多い。商家がたくさんあったからなのか、お金持ちが多かったのか・・・と考えてるうちに、どうやら松阪宿に着いてました(^^)
松阪商人の館を見学することにしました
小津産業はここから始まった・・・らしいです。
ここで説明してくれる男性の話を聞いたのですが、「時間ありますか?」と聞かれ「ちょっとだけ」と言ったために、もの凄く早口でしゃべってくれました。
で、実はほとんど聴き取れなかった(^^;
説明がひととおり終わってから「この辺は蔵がたくさん残ってますね」なんて世間話をしたら、「そう、津とちがってあまり爆弾落とされなかったからね。空襲を避けるために建物をほとんど黒く塗って、戦闘機から見えないようにしたんだよ」と教えてくれました。
勉強になるなぁ!!・・・説明のかた、ありがとうございました。

そんなこんなで16時半ぐらいに松阪駅に辿り着き、今回の伊勢街道の旅はここまで。
続きはまた今度にしようと思います。

さて、歩き終えて松阪駅から津駅に戻ってきました。
何をしに来たかって、そりゃ・・・

当然津ぎょうざ↑を食べに来たのです!!
氷花餃子 津駅前店サマ、美味しかったです(^Q^)他に氷花餃子↓も食べて満腹でした。

そして汗とニンニクのニオイをまき散らす女は列車に乗り込み、無事静岡へと帰ってきたのでした。
今回の旅の行程↓。以下の地図をクリックしていただけると嬉しいです。

伊勢街道その4【津~松坂】前編

2012-05-10 | 旧街道あるき
とりあえず黄砂は飛びまくってはいるのですが、2月~4月上旬までの過ごしにくい時期は脱出しました。
黄砂は飛びまくってますが!!←しつこい

まあそんなわけでして、春の最初のうちは「おんもへ 出たいと 待っている♪」な桐井でしたが、ここへきてガマンの限界(ぶちっ)
4/25-26の連休は伊勢街道あるき旅へ出かけてきました。

連休前の火曜の夕方、クリニックからそのままリュック背負って東静岡駅へ。
JR東静岡━―(掛川で乗換)━―━JR豊橋駅━―━―━JR名古屋駅 ←在来線の旅
近鉄名古屋駅━━━━津駅 ←特急アーバンライナーの旅
アーバンライナーは足置き台やら各席に収納テーブルついているやら、飲料の自販機があるやらで、非常に快適な列車で気に入ってしまいました。
・・・と列車の旅で満足して終わってしまってはいけないのでした(^^;

今回の旅は目的が3つ(優先順)ありました。
1.旧伊勢街道 津~松坂 を歩く
2.近鉄特急アーバンライナーに乗る(←乗ってみたかっただけで、テツ子ではありません)
3.津ぎょうざを食べる

さて、16時台に東静岡を出発しても、名古屋まで在来線で乗り継いできたのでホテルに着いたのは21時台。
ここで津ぎょうざを求める旅が始まったのではありますが、出かける前にちゃんと調べておかなかったので駅前をウロウロ彷徨うだけで、結局見つかりませんでした。
適当に入った飲食店では扱っておらず、ちょっぴりガックリでしたが、そこで食べたものが美味しかったので満足

翌日はいつもどおり4時台に起き(老人性ではありません)、5時の大浴場開始時刻と共に入浴。6時45分の朝食開始時刻と共に朝食会場へ(繰り返しますが、老人性ではありません)、そして7時台に出発です。
この日の行程は21キロ。約4ヶ月ぶりの歩き旅なのでそんなに歩けないかもしれないからとにかく早く出発なのです。

津の中心部は、静岡と同じく空襲があったところですので、そんなに昔のものはないかなー・・・と思ったら大間違い。
←アパートの階段下に何気なくある街道の名残り。
もう・・・大好きです三重県

▼聖徳太子が建立したと伝えられる、千年以上の歴史がある四天王寺


▼戦災の傷跡を残している塔世橋を渡ります。ここは元々橋が架けられていないところでした。「延宝三年(1675)に架橋された。幕末までは土橋で、河原へ一度降りて橋を渡った。」と、ウォーキングマップに解説がありました。

戦災の傷跡については日本の川と災害というサイトで説明があったので、時々ワタシのブログをチェックしている増田先生のためにリンクを貼っておきます。

▼日本三大観音の一つ、津観音の門前町はアーケード街です。

ここは朝市があるようで、朝っぱらから大変賑わっておりました。
で、肝心の津観音の写真は露光不足で失敗(^^;あれ?

ここから、暑かったのであまり記憶がないのですが写真を辿ることで自分の足跡を知ることが出来ます。
空襲から社を守ったといわれている御神木のイチョウがある市杵島姫(いちきしまひめ)神社を見たり
街道の街並みに見とれたり
八重桜や名前を知らない花に見とれたり
香良洲道との追分に見とれたり、常夜灯を見上げたりしていたようです(^^;
どうやら暑さだけではなく、トイレに行きたくて仕方がなかったのでよけいに気が遠かったようであります。
そして高茶屋駅でトイレを借りるついでに

ちゃっかり近くの団子屋で「いばら餅」買い食いしてます(^^;
ワタシは三重県以西にあるこの「いばら餅」に東海道の旅以来、心奪われているのです。
時刻は11時ぐらい。低血糖タイムにちょうど和菓子屋に出会えるとは・・・
さすが「高茶屋」!!
伊勢参りが盛んだった時代、この辺りの高台には茶屋が軒を並べていたのだそうな・・・。今は見事にないですが、街道沿いにはその名残の屋号を持つ「かつての店」があったような気がします。
やっと少しだけ歩くスピードが上がり、続きを歩くことができそうな予感なのでした。

なんと、後半へつづく。