とある何でも屋スタッフブログ

何でも屋スタッフ発信。
業務の一員としてではなく超・個人的なブログ。

安倍川といえば

2013-07-30 | ひとつまみの情報
しぞーか人ならちゃんと「あべかわ」と読めますが、県外の友だちにも「あべがわ」とかよく言われます。
でも餅はちゃんと「あべかわもち」って言うじゃんかー。
まあそんなことはどーでもいいか(^^;

今年も無事に安倍川花火大会が行われました。
今年は第六十回です。
1953年から始まってます。
じーちゃんばーちゃんっ子だったワタシは、「安倍川河川敷で、静岡大空襲の時の犠牲者の方々が火葬された」という話を小さい頃に聞かされていました。
調べたら2000人ほどの人がそこで火葬されたようですね。
その犠牲者に対する慰霊として、安倍川花火大会は開催されるようになりました。
ただ、江戸時代から(毎年かは不明ですが)7月終わり頃に安倍川で花火が上げられたという記録もあるようです。
まあ、あのあたりはそのころ超繁華街だったから、あってもおかしくないですね。


あんなに遠くで花火があがっているのに、クリニックまでとどろく大きな音。
あの音を聞くと、夏だけ元気になる蝉女のワタシはもーガマンできません。
今年も夕方にちゃりんこをゆっくり漕いでまずは静岡駅まで行き、
駐輪場に自転車を預けて、会場近辺までテクテク歩きました。

なぜ安倍川花火だけはワタシも行くのかというと、安倍川花火大会の会場は東海道だからなのです!
だから、歩いていくのにも呉服町から東海道ルートで歩きます。


昨年はうっかり会場の方まで行ってしまい、みごとに人の川におぼれて、花火どころではありませんでした。

~~~ここから去年の回想です~~~

なんせ屋台が出ていて交通規制が行われているところは歩き続けて、立ち止まってはいけないというルールがあり、花火が上がったときにうっかり立ち止まろうものなら
「立ち止まらないでくださーい!」
と注意されます。
周りは人だらけで、小さな子どもに注意しなくてはいけないので、歩きながら花火を見上げたらどんな事故がおこるかわかったもんじゃありません。
だから、花火があがったら0.3秒のチラ見!

そして屋台。
まずどの屋台もすごい行列です。
人の川のなかにすごい行列ですから、そこに並ぶにも発ってる場所が困るため、とても買う気にはなれません。
たとえ並んで買えたとしても、今度は食べるところがありません。
ということで、お腹が空いたままパス!
ひたすら歩き続け、花火の音がしたら0.3秒チラ見して、行き止まりの丸子橋まで行って、河川敷(こちらも超混雑)に出ないまま引き返して帰ってきました。

~~~去年の回想、終わり~~~

そんな去年のことを反省して、今年は交通規制の行われていない、誰の邪魔にならない歩道の隅っこで、ビルの谷間に上がる花火を見てました。
もちろんその間、静岡大空襲で命を落としたたくさんの人たちの事を思います。
とはいうものの、お祖母ちゃんに聞いた話しを頭の中でリピートさせたりしただけですが。
ほんの5分ぐらい見て満足したので帰ってきました。

そういえば昨年は屋台の何処にも寄れなかった悔しさがあったのですが、安倍川橋から引き返すときに「石部屋(せきべや)」が安倍川餅のお土産品を販売していたので、思わず買っちゃいました(^^)

▲石部屋

▲石部屋の店内で食べる「あべかわ餅」。
 注文してから出来たての温かい餅を出してくれます(^^)めちゃウマ♪しかも砂糖なしでいけるぐらい。
 駅で売っている安倍川餅とは全く違う美味しさです。

▲もちろん江戸時代のころから安倍川餅を売る人たちは大勢いて、今もいろんなお店の安倍川餅があります
(どの写真も、撮影は2010年の東海道歩きの時)

安倍川餅の歴史は江戸時代初期にまでさかのぼります。
この安倍川は幕府からの命令で橋がかけられていませんでした。(軍事的な意味で、家康のいる駿府城を攻められないようにするため)
ですから歌川広重の東海道五十三次の「府中」は安倍川の徒渡りが描かれています。
そして、この安倍川の上流には金山があったことでも有名で、井川や梅ヶ島の金山を御用金山として採掘させていました。
安倍川餅の由来には諸説ありますが、だいたい大まかにまとめるとこんなところです。

ある男が、きなこをまぶした餅を徳川家康に献上した。
この餅の美味しさが気に入った家康が「なんという餅か」と男に尋ねると「金な粉(きなこ)もちです」と洒落て答えたため
「あっぱれじゃ!この餅をあべかわもちと名付けるが良いぞ」
・・・と言ったかどうかは不明ですが(^^;それから安倍川餅と呼ばれるようになったそうな。
その後安倍川の渡しを待つ旅人の間で、この安倍川餅は大ヒット。
東海道駿河三大名物のうちの一つとなりました。あと二つは「古庄のうさぎ餅」と「清水の追分羊羹」です。

安倍川餅の由来は、詳しく調べている人からはもっと興味深い情報が受け取れるはずなので、ネットなどで調べてみてください。

ちなみに安倍川餅、他の地方で売られているのとは形態が違うと思います。
きなこという点は共通していますが、他の地方で「あべかわ」として売られていたのは、どーみても「信玄餅」でした(^^;
だって黒蜜かかってたですもん!
本場安倍川餅には黒蜜ではなく「上白糖」がかかっています。
白砂糖は昔、たいへん貴重なものでした。
その貴重な頃から安倍川餅には白砂糖が使われていたので、値段もそれなりだったようです。
東海道中膝栗毛 上 (岩波文庫 黄 227-1)
十返舎 一九,麻生 磯次
岩波書店

この超ベストセラーの本にも「安倍川の五文どり」として出てます。
道の両脇に茶屋があって華やいでおり、茶屋娘が「名物をあがりヤアし。五文どりをあがりやアし~」と呼びかけている場面があります。
作者は府中出身でしたから府中での出来事は、かなり濃い~い「しぞーか弁」が出てきます。
一度読んでみるのも面白いですよ(^^)

安倍川を語り出すと、架橋のこととか薩摩土手のこととか出てきて止まらなくなりますので、今日はこのへんにしようかと思います。

急がばまわれ

2013-07-11 | ひとつまみの情報
こんなタイトルだと、真面目にクリニックの施術に関してだと思うでしょう。

ところがどっこい、所詮ワタクシ桐井が書く記事なのです。
そんなわきゃーない(^^;

【急がば回れ】
急いで物事を成し遂げようとするならば、多少の時間や手間がかかっても、着実な手段をとったほうが得策であるというたとえ。急ぐときには、危険な近道を通るよりも、回り道でも安全な道を通るほうが、結局は早く目的地に着くことから。
〔新明解 故事ことわざ辞典 P47より〕

このことわざは滋賀県琵琶湖付近で生まれました。
宗長の和歌が元になってます。
 

    もののふの 矢橋の船は 速けれど
            急がば回れ 瀬田の長橋


(宗長は静岡市駿河区丸子の「吐月峰柴屋寺(当時柴屋軒)」に草庵を結んだ人)

東海道は琵琶湖の周りを通ります。
こーゆールート(緑の線です)です↓

琵琶湖の南側をぐるーりと回って瀬田の唐橋を渡るルートだということが、地図でわかります。

↑これが瀬田の唐橋。
歌では長橋ですが、欄干の擬宝珠が中国っぽかったので、唐橋と呼ばれました。

しかし、急ぐ人は、東海道から矢橋街道に入り、船で渡るというルートを辿ったのです。
↓矢橋街道との追分道標


おそらく、こーゆールートね↓

この二つを重ね合わせると、こーなります。
 ※以前のYahoo地図なので別画像でスミマセン😅


なるほどー、確かに矢橋街道は近道だ!
しかし、なぜ「急がば回れ」なのか、ですよね。

この矢橋の渡しルートは、比叡山から吹く「比叡おろし」と呼ばれる突風でよく船が転覆したり、船がなかなか進まなかったりしたそうです。
そのような危険を冒して近道するよりも、遠回りでも確実に進む瀬田の唐橋ルートを通るほうが堅実であった、ということです。

NAETも確かに同じ。
遠回りと思える施術内容が続いたとしても、やっぱり瀬田の唐橋ルートなのです。
確実に一歩一歩、なのです。

今から楽しみなライブ

2013-07-04 | 音楽
まだ夏にもなっていないのだけど、梅雨の真っ盛りなのだけど、今から8月のライブを心待ちにしています。

松岡ゆかりカルテット
  松岡ゆかり(vo)、元岡一英(pf)、吉田豊(b)、横山和明(dr)
 アルバム Song Travels リリース記念ツアー2013
 2013/8/7(水)浜松ハァーミットドルフィン
Song Travels
松岡ゆかり, 元岡一英, 吉田豊, 横山和明
グ・ルーヴ

この日は夕方で終わらせていただきますが、その後列車に飛び乗り、浜松に向かいます。

世の中に「さらっと上手く歌えるヴォーカリスト」は山ほど居ます。
多くの方はそのような聴きやすい、そのような歌を望むかもしれません。
松岡ゆかりさんはそのタイプではなく、もしかしたら「超努力家タイプ」なのかもしれません。

でも彼女の魅力はそこではありません。(いや、そこにももちろん魅力はありますが!)
彼女はパワフルな「歌と曲への案内人」であり、それぞれの曲を人一倍愛し、作曲者への敬意を常にあらわし、曲の雰囲気を細部まで歌に表現できるという希少なヴォーカリストです。
歌をヘッドフォンでじっくり聴いていると、その風景が見事に感じられるのです。
(レコーディングの風景じゃないですよ(^^; 歌そのものの風景です)
曲と音への知識とこだわりはかなりのものだと感じます。
Jazzをとっても愛している人なので、その愛ゆえに詳くなったのでしょうね。
そしてなんといっても他のJazzボーカルの人があまり歌わない曲を、掘り起こしてご自分のアレンジを効かせて歌ってくれるので、よく知らない曲の世界に私たちを導いてくれる、いわば「埋もれた名曲への伝道師」と言っていいと思います。

ピアノには大ベテラン元岡一英、ベースはこれまた私の大好きなベーシスト吉田豊、ドラムスは静岡市出身の横山和明(私が今注目しているドラマーの一人です)みなさん、かなりいい音を響かせてくれます。

ジャズ素人の私をその曲への旅に連れて行ってくれるので、このアルバムは何回も聴いています。
ちなみに増田院長の高校時代の同窓生でベーシストの小杉敏さんがレコーディングディレクターなのだそうです。
このアルバムを私から借りたいと思う人がいれば・・・是非買ってください!(^^;貸しませんぜ
密林.co.jpで買うよりは、身近ジャズ.comでご本人から購入すると、別ライナーノートという嬉しい特典がついてきます。


さて、今から楽しみなライブ第2弾は、以前の記事にも書いたのですがニューヨーク在住の平麻美子さん帰国ライブ!!
平麻美子カルテット
  平麻美子(vo)、古谷淳(pf)、安ヵ川大樹(b)、柴田亮(dr)
 これまたスペシャルメンバーで・・・。
遅い秋に静岡であるらしいのです。正式発表になったらまた書き込む・・・かもしれない。
で・・・でも金曜日になっちゃうらしくて、仕事を終わってチャリンコダッシュしても途中からになってしまうかも・・・という。
楽しみではあるけれど今から悶々としております。
金曜日のライブがイっチバン難しいのですよね・・・。(って、仕事ちゃんとやれよ>ぢぶん)
しかし静岡市内でヨカッタ。
もし浜松だったらライブの第二部から行って、途中で帰らないといけないところでした。
そして、こんどは観客スカスカなんてことはゼッタイなさそうですよう~(^^)/
and it begins
平麻美子, 百々徹, 広瀬未来
D-musica ダイキムジカ


このヴォーカリストのお二人はお友達関係にあるそうな。
お互いに良いところを研ぎあっているのではないかな、と勝手に想像しております。

興味ある方はぜひ、足を運んでみてください。