大空を見上げて

日頃感じていること

安全運転(左、右、前方よし!)

2010-09-13 | Weblog
 昭和39年9月私は「車両教育を命じる!」と命令を受け、第6特科連隊(福島郡山)に向かった。
国家公務員は道路交通法の特例よって、普通免許がなくても直接大型免許取得できるのでいきなり大型車両教育が隊内の車両教習所で始まった。
教習隊員は関東、東北の各師団に連隊から40名、5人一組で教官がつき、ものすごく厳しい教育が始まった。
噂で車両教育は旧軍隊式でビンタ、蹴っ飛ばしなど当たり前、涙を流しながらの免許取得を覚悟しなければならないと聞いていた。
毎日教習車両の点検があり、車のボディは顔が写りヒゲが剃れる位磨き上げ、車の底又タイヤの裏まで磨き少しでもゴミや汚れがあったら、その組は怒鳴られその日の教習は中止で周りを駆け足及び腕立て伏せを何時間もやらさせられる。
毎日大きな声で「右よし、左よし、前方よし、発進よし」声が枯れるほど声をだし指差し確認。
私も一回ハンドブレーキを解かないで発信しようとして「何をやってんだー、気合が入っていない!」と怒鳴られ、蹴っ飛ばされ、その日は教習中止で教習所の外周を何時間も駆け足、腕立てをやらされた事を思い出す。
学科は一問の間違いは許されず満点があたりまえで全員消灯を延長して夜中まで勉強して頑張った。
一ヶ月後、無事全員免許取得卒業。あの鬼の教官は優しく肩を叩きながら握手して「おめでとう!」と。
その日皆で教官を交えて街に楽しく飲みに行き教官と歌い語りこれからの安全運転を誓った。
その後公務員(自衛隊、警察)は一般の免許他公務員専門免許「青免」を取得しなければ運転は出来ない。
「青免」始め特車(戦車)、牽引、大型特殊、大型二輪、大型二種、車両教官の各免許、資格を取った。

若い21歳のあの始めてハンドルを握った時あの凄く厳しい車両教育を受けたお蔭で現在があると感謝している。
免許取得後48年間安全運転に努め「警視庁交通部長賞数回、A級ドライバー、優秀運転技能指導員、警視総監賞(30年間無事故、無違反))」頂いた。
現在も指差し確認しながら左よし、右よし。前方よしは必ず呼称している。   

(写真:若い頃、ある時期寝起きを共に行動した世界一の性能を誇る三菱の国産特車「戦車」)
コメント (5)
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