母はふるさとの風

今は忘れられた美しい日本の言葉の響き、リズミカルな抒情詩は味わえば結構楽しい。 
ここはささやかな、ポエムの部屋です。

夏  蝉

2013年08月22日 | ふるさと


甕にいけた白い百合に
夏の残像がある
黒アゲハ蝶と白い百合と朱い花粉は
いまもひときわ鮮やかな心の中の絵

百合の朱い花粉に
叔父の真白いワイシャツが
見え隠れした花の庭が甦る
山麓の村に遠い都会を運んだ叔父は
生まれた家での長逗留を楽しんだが
シャツに花粉をつけた
といつもいつも妻に叱られ そのたび
うんうん と黙って謝っていた毎夏の台詞を 
みんな黙って聞いていた

教育の道を歩み子供はないふたりは
退職して十年で 相次いで世を去った
律儀で不器用だった叔父の人生 
粋を愛し書画を好んだ思い出多い 懐かしい日々

花々咲きそろう夏の日本列島の 
家々は還ってくる人々の想い出に埋まるが
その魂の存在の多くが忘れ去られようとしている 
 

夏蝉はなぜ鳴くのか
蝉はさいはての半島のイタコのように
短い間にたくさんの声を運ぶから
あのようにさざめくように啼くのだろうか
せめてものいのちのにぎわいを
一心不乱に 
祝うように 歓喜するように 訴えるように


夏― 
青空 熱く広がり 生き物の気配に満ち花の匂いは濃いが
いかんともあの日の夏はすべて
入道雲よりも遠い



一ぱいの水 ー献水ー

2013年08月10日 | 
夾竹桃の花が咲き 赤いカンナの花開く
いつもの夏の風景があって
その青い空の下にはいつもの暮らしと多くの職場
それぞれの家族が戦下を懸命に生きていた
つましくささやかな暮らしに 学校に 職場に
一瞬の炸裂の光線がすべてを奪った 狂おしい夏―

コップに注がれた氷浮く水のありがたさ
いっぱいの水
その水を誰もがほしいと願い
誰もがもっと生きていたいと願い
しかしその願いかなわず
あらかたが 渇き傷ついた体の痛みに苦しみながら
命を落とし世を去ったその熱い暑い哀しい夏の幻が
平和にそだち豊かさに慣れた私の胸を刺し
いっぱいの水を飲むことをためらわせた

二度と起こさせない
二度と繰り返させない
何十年誓いながらも時の経過と想像する力の喪失
哀しい記憶を遠ざけさせてはならぬ

一ぱいの水 渇きの夏の咽喉に沁み渡る
ただ一ぱいの水
いまこの水のあることの有り難さを
沢山の戦争の犠牲の市民の魂が今年も知らせにやって来る
日本の夏 日本の空 

あの日望んだ涼しいただ一ぱいの水を 
灼熱に消えていったあなたに 胸に刻むあの日のあなたがたすべての
咽喉に捧げます


やまゆり

2013年08月01日 | 花(夏)
人知らず咲くやまゆり
蝉啼く山の山野辺の路
人も尋ねぬ山のなだれ
または女郎花のむれ咲くあたりその端に
咲き競うように大りんの白い花
うなづくように揺れている
姿見えずともはるばると
漂う香りは鹿の子の赤さが目にしみて
夏の空はただ青く
四方の山に入道雲も湧きあがる

木立の中にそろそろと見えつ隠れつ
山稜は白い帽子の向こうに透けていた

山の辺の道はいつか遥かに遠み
懐かしい歌歌と高原の風が
夏の日の思い出を運んでくるだけ
凛とした白い山百合は
今日も豊かに山野辺の道の筋の奥
クロアゲハ誘う香りを漂わせ 
群れ咲いているだろう