紀州・有田で田舎暮らし

思いつくままに野菜や果実や漬物を作ったり、時には青春する心を求めてさ迷ったり、気ままに田舎暮らしを楽しんでいます。

葬儀手伝い 50数年前の「昔」を蘇らせてくれた

2018年09月07日 | 田舎暮らし&家族

今日、ご近所の2日間の葬儀が終わった。最近は告別式が終わっても、火葬後に初七日も行うので夕方までかかった。

たまたま班長だったので、喪主や葬儀会社やお坊さんと打ち合わせしたり、隣保班メンバーにいろんな役割をお願いしたり、喪主から預かった大金の管理や支払など、不慣れなことで神経がすり減ったためか、帰宅してからしばらくは何をする気も起こらなかった。

でも葬儀のお陰で懐かしい昔話に花が咲いた。それを振り返っているうちに元気が湧いてきた。

遺族の中に50数年以上も会っていない同級生がいたが、お互いに面影が残っていてすぐにわかった。葬儀場であることを忘れて近況を話し合ったりタイムスリップして昔話に花が咲いた。

参列者に同級生をみつける都度、声をかけ、彼らを引き合わせた。親族の控室に行ったりアチコチ動き回れる班長特権を使って、4人の同級生と引き合わせることができた。50数年も会っていないからか、顔がほころび懐かしがり喜んでくれた。

隣保班で昼食中のことだった。台風21号で倒壊・破損した地区共同のミカン山のスプリンクラー修理に走り回った数人の農家が、その様子を話し出した。

「倒壊したスプリンクラーが数えきれない程多かった」

「倒壊したみかんの木を伐採しないと、たどりつけない場所もあった」

「修理途中、皆が疲労困憊し当面の農薬散布は各自の動力噴霧器でやってもらおうという声も出た。でも、何とか頑張ってやりきった」

「昨日の朝、やっと修理が終り、雨が降る数時間前に農薬散布を終えることができてホッとしている」

「こんな大きな被害、初めてや。設備が古くなって傷んでいたのかも知れないが・・・」

自分も口を挟んだ。

「あのスプリンクラーを設置するのに山全体の段々畑にパイプを張り巡らしているんや。自分が学生で春休みだった約50年前、バイトで手伝わないかと誘われ、パイプを担いで運んだり配管業者の作業補助をしたりしたんや」

「その頃、今みたいに車で登れるような農道がなかったんや」

「人がすれ違い出来ないような細い山道しかなかったんで、運び上げるのが大変やったんや」

「その時のバイト代で買った本箱、今も使ってるんや」

わずか3週間程のお手伝いだけだった気がするが、自慢気に昔話をさせてもらった。

「エー 山のあのスプリンクラー、50年以上も経ってるん?」

驚きの声があがった。

 

今回の2日間の葬儀手伝いは、懐かしい50年以上も前のことを昨日のように蘇らせてくれた。

 

<約50年前の学生時代、地元の山を駆け巡り、汗して稼いだアルバイト代で買った想い出がつまった本箱:今も大切に使っている:文庫本がギッシリ