侍従長は困っていた。
配属先を決める面接の場に、アザがある者がいたのだ。
目の前に歩み寄り、見直した。
サキシアは圧し殺していた不安が、一気に膨れ上がり、鼓動が強くなる。
「お前の名は?」
「サキシアと申します」
「そのアザはどうした」
「生まれつきでございます」
侍従長が渋い顔をして、書類と照らし合わせる。
サキシアの憤りを、諦めが包み込んだ。
「どうしました。何か問題があるのですか」
上座から張りのある声が響いた。
王妃のダリアだった。
「この者は極めて優秀な成績で試験を通過しております。けれど」
「身辺はどうなのですか?」
「地方の建具屋の娘です。その父親も亡くなって、体の弱い母親と二人暮らしです」
「そうですか。ならば問題はないでしょう。顔で仕事をするわけではありません。いや、かえって良いかもしれない。なに不自由なく育った娘より、様々な気持ちが分かるであろうから」
サキシアはダリアを見た。
この人に尽くそうと思った。
サキシアは王妃の下働きになった。
掃除から始めるのが習わしだった。
サキシアは埃一つ残さぬよう、羽箒と起毛した布を使って、壁を彩る装飾の窪みの一つ一つまで、丁寧に拭き取った。
くすんでいた金属の壺も、必要に応じて液体に浸し、全てピカピカに磨き上げた。
王妃の棟は、薄いベールを剥いだように、明るさを増し、他の棟の女官も、その手法を見習うようになった。
サキシアは人一倍よく動いたので、制服がそじるのも早かった。
サキシアは糸を織り込むように繕い、回りはその見事な仕上がりに驚いた。
やがて繕い物や刺繍を頼まれるようになり、サキシアは快く引き受けた。
全て丁寧に仕上げたが、 それが王妃の品の時は、更に心を込めて針を刺した。
サキシアはある日、王妃が読み終えた本を処分するように言われた。
サキシアは処分する本を頂いてよいか、侍女長を通じて伺いをたて、了承を得た。
本は時折処分され、サキシアの部屋には、本が貯まっていった。
サキシアはそれを、学校や図書館に寄付することを思い付いた。王妃の評判が上がると思ったのだ。
侍女長は再び王妃に伺いをたてた。
「処分するものは、みんな彼女の好きにさせていいわ」
王妃は面倒くさそうに答えた。
そして。
「昇進の時期が来ても、あの娘は下働きのままにしておいて。あのアザを目にすると、ぎょっとするのよ」
そう、付け加えた。
それから八年、第二王子のバシューが十五歳になった。
王は年と共に穏やかになり、王妃と子供達を慈しんだ。
王と睦まじく過ごしていると、王妃はデュエールとのことを夢だったように感じることが出来た。
それはとても魅力的な感覚だった。
そうなるとデュエールからの手紙が邪魔だった。
なのでそれを本に挟んで、処分するよう、侍女に渡した。
紙と革なので、焼却場に回されると思ったのだ。
処分品をサキシアの自由にさせていることなど、とうに忘れていた。
サキシアは勤務終わりに本を渡された。
あてがわれている部屋に戻って、いつもの様に本を開けると、二枚の紙が落ちた。
何気なく拾い上げ、読み進めるうちに、サキシアの手が震えだした。
そしてきっちり紙に包んで、箪笥の奥に仕舞い込んだ。
サキシアはずっと、掃除係のままだった。
サキシアは特に不満にも思わず、受け入れた。
他の係に回ったり、階級が上がったりすれば、外部と接することも増えてしまう。
それを嫌うのは、やむを得ないことに思えたのだ。
そして同時期に入った者や後輩の階級が上がり、もしくは嫁いで辞めていく中、サキシアは『掃除神の遣い』と呼ばれる二十八歳になった。
その年、母親が病に倒れた。
大きな病院に移せば、なおる見込みもあったが、お金が足りなかった。
給金の殆どを送金していたので、貯えがあまり無かったのだ。
思い悩んだ末、サキシアは前借りを申し込んだが『規律が乱れるから』と、断られた。
三ヶ月後、母親は亡くなった。
葬儀を済ませ、宮殿に戻った暫く後、サキシアは知らない男に呼び止められた。
何か秘密を教えて欲しいというのだ。
サキシアは言下に断った。
年が変わり、サキシアは新入りのマヌアが前借り出来たと、人伝に聞いた。
兄が店を出す助けをするのだという。
サキシアは耳を疑って、侍女長を捜しに行った。
廊下を渡っていると、王妃の声が聞こえて来たので、サキシアは端に寄り、畏まった。
「本当に煩わしいったら。この痒み、なんとかならないのかしら」
王妃は侍女にこぼしながら、サキシアを認めるた。
「ここで何をしているの?」
「侍女長を捜しておりました」
「用件は?」
「前借りは規律の為に認めない、と、聞いておりましたので、マヌアの件を」
「辞められては困るからです」
王妃が苛々と遮った。
「あの娘は器量が良いしまだ若い。嫁ぎ先も働く場もいくらでもあるでしょう。お前とは違うのです。その顔で全く図々しい」
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