ぶきっちょハンドメイド 改 セキララ造影CT

ほぼ毎週、主に大人の童話を書いています。それは私にとってストリップよりストリップ。そして造影剤の排出にも似ています。

楽園ーFの物語・バックヤードー罪の行方

2021-04-23 21:48:11 | 大人の童話
  デザントは馬を走らせ、国王に事態を知らせた。
 ただ、デュエールの最期の言葉だけは、報告しなかった。
 あれは、自分へのメッセージだと、確信していたからだ
 様々な手配に追われる前に、夫人達には自分の口から知らせようと、デザントはダリアの部屋に向かった。
 デザントが扉を開けた時、ダリアは寝台の横で振り向き、チェストの引き出しを、後ろ手で閉めた。
「どうなさったのですか?夜中に突然」
 平静を装ってはいるが、視線が定まらない。
 訝りながらも、デザントは告げた。
「デュエール殿下が亡くなった」
 ダリアは全身を強ばらせ、真っ青な顔で後ろに倒れた。
 気絶したのだ。
デザントが素早く抱き止めると、寝台に横たえる。
 ダリアとデュエールは、儀式で何度か顔を合わせた程度だ。
 それが、失神するとは。
 その時、チェストの引き出しから、羊皮紙の端がはみ出してるのが見えた。
 デザントは思わず取り出して、視線を走らせる。
 デザントはデュエールの言葉の意味を理解し、手紙を引き出しに仕舞い直した。

デュエールは壊れた柵の横で、足を滑らせ、崖から落ちたことになった。
その葬儀は、極めて小規模に行われた。
 以前からの、故人の意思だったのだ。
 それでもデザントは雑事に忙しく、ゆっくりと寝る暇も無かった。
 デュエールとダリアのことは、その後間も頭にへばり付いていて、何かの隙に膨れ上がり、彼を支配した。
 デュエールが別荘で暮らすことを決めたのは、ダリアとの婚姻のすぐ後だった。
 一度だけ自分を通さず、急いで王に進言したのは、フレイアの件で、ダリアが苦しんでいる時だ。
 どうして気付かなかったのだろう。
 息を殺すように生きてきた、彼のただ一つの望みに。
 ダリアの気持ちが移ったとしても、元はと言えば自分が冷たくしたせいだ。
 もっと早く、自分に告白してくれれば、手の打ちようもあったものを。
 デュエールこそ王となるに相応しかった。
 その人格も才も風貌も。
 病気がちだったのも子供の頃だけで、耳が不自由でも唇を読み取れた。
 なのに。
 だからせめて。
 二月後、デザントはある可能性に想い至り、この上なく優しく、ダリアと夜を過ごした。

十日後、デザントは珍しい菓子を貰った。
 干した果実の中に、ナッツ入りの餡が詰めてあるという。
 いつも通り、王と第一夫人、そして自分の夫人達に届けさせようとして、気が変わった。
 それはいかにも、夫人達が喜びそうな、丸く愛らしい形をしていたからだ。
 ダリアにはフレイアの分も入れて五つ、第二夫人と第三夫人には三つづつだ。
「殿下」
 ダリアは作り笑顔でデザントを出迎えた。
 少しやつれて、顔色も悪い。
「具合が悪いのか?ちゃんと食べているのか?」
 デザントの問いかけに、ダリアが小さく笑った。
「殿下こそ、大分おやつれになって。ちゃんとお寝みになってらっしゃいますか?」
 デザントが苦笑した。
「お互い様か。では一緒に食べよう」
 そう言って菓子が入った箱の蓋を開けた。
「あら、可愛い」
 ダリアは本当の笑みを見せ、橙色の菓子をしげしげと見つめた。
「どうして、丸いままなのかしら」
 目を丸くして首を傾げ、答えを問うようにデザントを見上げる。
 これが、デュエールが命を賭けて恋した女性。
 自分が誤って求めてしまった、勝ち気で我が儘で、無邪気な、愛すべき女性。
 第二夫人と第三夫人も、デザントを気遣い、菓子には明るい笑顔を見せた。
 自分は一体、何をして来たのか。
子供欲しさに。
 デザントはその日から、毎日夫人達に挨拶をしに行き、時間を作っては、ダリアの棟に、通うようになった。

 八ヶ月後、ダリアは赤毛の男児を生んだ。
 デザントは『早く生まれたのに大きいぞ。よくやった』と、ダリアを労った。
ダリアは不安と己の罪に、戦いた。
 
フレイアは庭で、虫を追っていた。
 緑色を帯びた、虹色に光る虫だ。
 その虫は、細かい葉を付けた木の、少し高い枝に止まった。
 そのままじっと見つめていると、若い男が近付いて来た。
 サス国の、第五王子だ。
 亡き王妃は、サス国王の姉なので、デュエールの一周忌に合わせ、訪れていたのだ。
「捕ってあげようか」
 柔らかい声だった。
 フレイアは彼を見上げた。
「有難うございます。けれども、そのままにしておいて下さい」
「そうなの?」
「はい。この虫は、自由のままが良いのです」
「君は自由になれないの?」
 フレイアは少し考えてから答えた。
「私には、責任があります。その責任を果たすことが出来る自由。それが、今の私の自由です」
 あの夜、自分が二人を見てしまったせいで、きっとデュエールは自死したのだ。
 だから誰にも、口外してはならない。
 そして不義の子であるラウルに、王位を継がせてはいけない。
 それが、自分の責務だ。
 生まれではなく、自分の行いで背負ったもの。
 フレイアは力強い笑顔を作って見せた。
 第五王子はフレイアを見つめ、あやふやな笑みを浮かべた。
 それは、デュエールの笑みと、少し似ていた。

          


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