満月が中庭を照らしていた。
庭木の影がはっきりと地面に映っている。
東屋に近い煉瓦の径を、ダリアは歩いていた。
フィリアの娘を身代わりに立てようとして以来、デザントが夜、訪れることは無くなった。
そして又、婚姻と離縁を繰り返すようになり、今日で四度目のお披露目だった。
広間では、いつものように、亡き王妃の愛した曲が演奏された。
けれど、デザントと共に踊ることは、きっと、もうないのだ。
あの日、確かに自分は輝いていた。
今は、月光に照らされるだけだ。
ダリアは一人、踊り始めていた。
回って、止まって、すぐ回る。
その時、延ばした手を誰かが掴んだ。
背中を、上に引かれるように振り返る。
デュエールだった。
そのまま、踊り続ける。
踊りやすい。
自分が伸ばしたい場所、着きたい位置に、確実に導いてくれる。
体の隅々までリズムに満たされていく。
初めての感覚だった。
夢中で踊り続ける。
足がもつれて、倒れそうになるのを、優しく抱き止められる迄。
「最高!」
東屋への階段に寄り掛かり、ダリアが言った。
「夢のようです」
デュエールが言うと、ダリアが少し眉根を寄せた。
聴覚を失ってから、デュエール言葉は、少しづつ聞き取りにくくなっていたのだ。
聞き慣れた者でなければ、判別が難しいことも多い。
デュエールは小枝を折り、月明かりが当たる土に、文字を綴った。
『夢のようです』
ダリアが微笑む。
「夢かもしれません」
この高揚も、すぐに舞い戻るであろう寂しさも。
『月の光も暖かいのです。知っていましたか?』
デュエールが掌を月にかざす。
「本当に?」
ダリアがその横に、右手を並べる。
「本当ね」
目が合うと、同時に微笑んだ。
見つめ合ってそのまま、夜に任せた。
デュエールは、自分を止めることが出来なかった。
廃嫡以来、全てを諦め、自分を圧し殺し、身を潜めるように生きてきたのだ。
それでも消せなかった想い。
そして七日目の夜、見てしまった。
呆然と立ち尽くすフレイアを。
ーこれで終われるー
デュエールは安堵し、深く、深く絶望した。
翌日の日暮れ時、デザントはデュエールの住む、別荘に着いた。
大雨で傷んだ屋敷の修繕が終わるまで、宮殿で過ごす予定だったものを、中途で戻ったと耳にして、話を聞きに来たのだ。
ここ数年、ゆっくりと話をすることも無かった。
一晩、腰を据えて語り明かすのも、良さそうに思えたのだ。
以前そうしていたように、案内を待たずに上がり込む。
後は庭の周辺を直すだけで、生活に支障はございません、と言いながら着いてきた侍女と、入った部屋に、デュエールは居なかった。
庭への扉が開いている。
二人で外に出ると、遠くにデュエールの姿が見えた。
そのまま進むと、王妃が落ちた崖だ。
黒い予感に襲われて、デザントは走った。
デュエールの耳が不自由なのは幸いだ。
もう少しで追い付ける。
そう思った瞬間に、デュエールが振り向いた。
彼は目を見開き、次に白い歯を僅かに見せた。
「全ての罪は、私にある!」
それは、高らかな宣言であり、贖罪であり、懇願だった。
そして、崖の向こうに、身を踊らせた。
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