「デン!早くおいでよ!」
「待ってよ、ダク!」
広い宮殿の中、第一夫人が住む一角は、特に賑やかな場所だった。
七歳になったばかりのやんちゃな双子の王子達が、しょっ中騒動を起こしているからだ。
いつもは目を細めて見守っている、第一夫人の姿が今日は無い。
振り回される侍女達は、案外楽しそうだった。
「母上は、父上のところだよね?」
「うん。きっとあっちの方」
思い思いの枝に乗り、本殿を探す。
建物と塀に阻まれてそれは見えなかったか、木の上は二人の大好きな場所だった。
ダコタが上の枝に登り、横に身を乗り出す。
「あ、『本の塔』が見える!」
「皇太子様は、今も勉強なさってるのかな」
「こっちおいでよ。見えるから」
ダコタが別の枝に移り、デザントが上の枝に手を掛けた。
その時。
枝が折れた。
「デンっ!」
デザントが背中から地面に落ちた。
ダコタが急いで木から下りる。
侍女達も慌てて駆け寄った。
デザント暫く息が吸えなかったが、ダコタに笑顔を作って見せた。
そして上体をゆっくりと起こすと、ダコタがしっかりと抱き締めた。
「ごめんなさい。でも大丈夫」
デザントが侍女達に謝る。
「僕がさそったんだ。ごめんなさい」
ダコタが庇う。
「ご無事そうで何よりです。仲が良いのも素晴らしいこと。けれど、この事はお母様に報告しなければなりません」
乳母のセレアが言った。
「あ、母上」
デザントが母の姿を認めた。
こちらにゆっくりと歩いてくる。
「申し訳ございません。今、デザント様が」
謝るセレアを、夫人が遮った。
「聞こえていました。木登りを黙認していたのは私です。心配をかけて悪かったわ。ご免なさいね」
夫人は恐縮する侍女達から、デザントに視線を移した。
「大丈夫?どこか痛い所はありませんか?」
「うん。息がちょっとできなかっただけ。今はなんともない」
「良かった」
夫人はデザントを抱き締めた。
そして立ち上がり、王子達に言った。
「私の部屋にいらっしゃい。大切な話があります」
部屋に着くと、夫人は二人を並んで座らせ、自分は向かいに腰掛けた。
「デュエール様はお体がご丈夫ではなく、先日の病で、お耳がご不自由になられたのは知っていますね」
二人を交互に見ながら話す。
「デュエール様は明日、王位継承権を剥奪され、王太子様ではなくなります。そしてデザントがお世継ぎになります。明日からデザントはお妃様の御子となり、あちらで暮らすことになるのです」
王子達は、お互いと母親の顔を交互に見る。
言っていることは分かる。
分かるが、 心の理解が追い付かないのだ。
「どうして、デンなんですか?」
ダコタが聞いた。
「僕達はそっくり同じです。なのになんでデンだけが?」
「デザントが兄だからです。双子とはいえデザントが後から生まれて来た。先に腹に宿ったからです」
夫人が辛そうに目を細くした。
「私もお前達が十五歳になるまで、一緒にいられるものと思っていました。けれどこれは絶対。国を守る為の決まりなのです。デザント、お前はこの国の民を幸せにする、立派な王にならなければなりません。お妃様とデュエール様の元で、精進なさい。ダコタ、お前は今後、デザントを王太子として、常に立て、敬意をもって接しなさい。気安く呼ぶこともなりません。明日からは立場が違うのです」
夫人は涙の滲む目で、デザントを見つめた。
「明日から貴方は、ダコタを同腹の弟と扱ってはなりません。私を母と呼ぶことも、二度となりません。用なく、こちらに来ることも控えなさい。貴方は徹底して、お妃様の子、王太子となるのです」
不安げなデザントを夫人が抱き締めた。
「大丈夫。私はいつでも、いつまでも、貴方のことを思っていますよ」
王子達のベッドは、少し隙間を開けて、置いてあった。
緑色に塗った、お揃いの木のベッドだ。
以前は並べて置いてあったが、いつの間にか一緒になってしまうので、六歳の誕生日に離したのだ。
夫人は二人の間に椅子を置き、童話を読み聞かせるのが常だったが、今夜は右手でデザント、左手でダコタの手を握り、幼い頃によく歌った、子守唄を聴かせていた。
それは、心配した王が迎えに来るまで、続けられた。
二人が部屋を出ると、寝たふりをしていたデザントが、ダコタに聞いた。
「そっち、行っていい?」
「うん」
デザントがダコタの横に潜り込み、右手で右手、左手で左手を握った。
ダコタデザントを見つめる。
ベッドサイドの灯りで薄く照らされる、自分と同じ顔だ。
「デンが自分じゃないって、ううん、自分がデンじゃないって、気付いたのはいつだったっけ?」
今まではどうでも良かったのだ。いつでも一緒にいたのだから。
「えっ?そう思っていたの?知らなかった」
ダコタが驚きに目を見開く。
「デンは違うの?そう思っていなかったの?」
「うん。僕が覚えている時はもう、ダクは僕そっくりだけど、頼りになる弟だった」
ーそうなのかー
ダコタは突き放された気がした。
そして、明日は本当に置いていかれるのだ。
ーどうして?ー
握りあっていてもダコタの手は、冷たくなっていった。
次の日、侍従がデザントを迎えに来た。
ダコタは見えなくなる迄、デザントの背中を見つめていた。
デザントは一度も、振り向かなかった。
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