次の日フレイアは、エダンの大道芸を観に、市へと向かった。
乳母車に乗ったオパールとトパーズ、それを押すルージュサンと、ナザル、ユリアも一緒だ。
ユリアは差し入れ用の飴とフルーツケーキの入った、大きな箱を抱えている。
大通りに近づくと、脇道に二人の少年が駆け込んできた。
「怪我させたって、駄目だったじゃないか。兄さんの言うことなんか聞かなきゃよかった」
「父さんはやっぱり、お前を的にするのは心配なんだな」
「毬は危なくないのに。父さんはいっつもだ」
「俺の方が酷いだろ。年上なんだから」
そこまで言って六人に気付き、少年達は口をつぐむ。
一行は何にも気付かない様子で通り過ぎ、市場の端へと近付いた。
「そんな怪我じゃ毬どころか的にもなれんだろう!」
赤と緑のテントから、男の声が聞こえて来た。
フレイアの顔が引き締まり、その背筋もすうっと伸びる。
「こんにちは」
いつもより少し低い声だ。
「はい」
すぐに返事があった。
入り口の布を寄せたのは、丸顔の女だ。
フレイアのス姿を認め、目を丸くする。
息を吸い込んだまま暫く固まり、上体を後ろに捻った。
「あんた!やっ、座長!フレイア様だよ!?」
教えてもらう迄もなく、座長の視線はフレイア達に釘付けだ。
「・・・一体何のご用で?」
座長がやっと言葉を絞り出す。
「エダンに会いに来ました。こちらは差し入れです」
フレイアの横から、ユリアが手土産を差し出す。
「これはこれは。有難く頂戴致します。エダンから名付け親だと聞いてましたが、本当だったんですね」
「その通りです。ところで外まで声が聞こえましたが、何事ですか?」
問い掛けながらもフレイアは、テント隅にエダンの姿を捉えていた。
エダンは笑顔を作っていたが、奥歯を噛みしめ、右肩を押さえている。
「エダンが怪我しましてね。ナイフ投げの的役とジャグリングをさせる筈だったんで困ってるんです」
「手当てはしたのですか?」
「これからです。医者代も馬鹿にならないのに、全く」
忌々しげに座長が吐き捨てる。
「少し私に診させて下さい」
ルージュサンがナザルに乳母車を渡し、エダンの元へ行った。
ルージュサンはエダンの右肩辺りを触りながら、小声で暫く話した後、体勢を変えた。
《ヴエッ!》
悲鳴にならない痛みの波動がテントを揺らす。
「ちょっとあんた!」
怒鳴った座長にルージュサンが笑顔を向ける。
「大丈夫です。骨接ぎの届出は出してないのて、お金はとれません。後は膏薬を塗って暫く動かさずにいれば、大丈夫でしょう」
「私、買いに行く」
ユリアが言った。
「有難う」
ルージュサンがエダンの腕を吊るす手を止める。
「家にあります。ドラに言って貰って来て下さい」
「はい」
ユリアは急いで家へと戻った。
板の陰に二人の若者を認め、フレイアが座長に聞く。
「代役はいないのですか?」
「刃は丸めてありますが、当たれば無傷では済みませんからね。慣れてないと危ないんです。若いのはアクロバット専門で、後は子供しかいません」
「毬を貸して頂けますか?」
布を縛り終えたルージュサンが聞く。
「どうぞ?」
座長の妻が、近くにあった篭をルージュサンに差し出した。
「有難う」
ルージュサンが赤地に金の縫い取りを入れた毬を、一つ手に取る。
左右の手で四回パスすると、右手の人差し指に乗せてくるくると回す。
左手でもう一つ毬を取ると、それは左半分の人差し指で回す。
二つ同時に高く投げ上げ、落ちる前に他の毬でお手玉を始める。
落ちて来た二つも加えると軌道を立体的に変え、毬を更に増やしていく。
素人では毬の数も分からなくなると、座長が呟いた。
「同業者か?」
「いいえ。元船乗りのたしなみです。この位で良いですか?」
「・・・二倍の長さで頼む」
「これで毬は大丈夫ですね」
ルージュサンが一気に毬を篭に落とした。
「ナイフでもジャグリングをするのですか?」
「いや、しないよ。それも出来るのか?」
「出来るとは思いますが、止めておきます。的当ての道具も貸して頂けますか?」
ルージュサンが事務的に聞いた。
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