ぶきっちょハンドメイド 改 セキララ造影CT

ほぼ毎週、主に大人の童話を書いています。それは私にとってストリップよりストリップ。そして造影剤の排出にも似ています。

Fの物語・バックヤードー和解

2021-05-07 21:46:12 | 大人の童話
 デザントは先王の墓参りをしていた。
 亡くなって十度目の命日だ。
 デザントが王太子となって以来、母として扱うことを、許さなかった実母だった。
「もう、いいでしょう?母上」
 そう呟いて花を捧げ、踵を返すと、二人の婦人が連れ立ってこちらに向かってきた。
「久しぶりだな、二人とも」
 最後の第二夫人と第三夫人だった。
「ご無沙汰しております。陛下。もう十年ですね」
「本日は、ご生母様のお墓参りをさせて頂きたく、参りました」
 二人の目礼に、デザントは微笑みを返した。
「それは有難いことだ。殆ど関わりはなかっただろうに」
 元第三夫人が花を手向けながら答える。
「口止めされておりましたが、蔭で何かと気遣って下さいました」
 想いもよらないことだった。
 頑なに前王の第一夫人で居続けた母。
 けれど。
『私はいつでも、いつまでも、あなたのことを、思っていますよ』
 私を王太子として、前王妃の元に送り出した、あの時の、あの言葉は本当だったのだ。
 自分は何も見えていなかった。
 何十年もの間。
 立ち尽くすデザントを、元第二夫人が気の毒そうに見た。
「私が申し上げるのもおこがましいのですが、母はいつまでも母なのです。陛下」
 デザントは首を軽く横に振り、笑みを作った。
「そういえば、二人とも三人目の子に恵まれたそうだな。体が治って良かった。幸せそうで何よりだ」
「ああ、それは」
 二人は顔を見合わせた。
「方便というものです。女は気遣いだけでも、情熱だけでも満足しません。私達は欲張りなのです」
 元第三夫人はそう言って、悪戯っぽく笑った。

 デザントは十日考えた。
 そしてフィリアとダリアの実家に向かった。
 驚いた執事に客間に通され、男爵夫妻がゆっくりと入って来た。
 二人は老いていた。
 二十五年の歳月。
 デザントは自然に膝をついていた。
 慌てる夫妻に、二通の封書を渡した。
 それは、今後決してフィリアとその娘を捕らえぬという誓約書と、フィリアへの和解の手紙だった。
 
 フィリアは困惑していた。
 父母とはサンタビリアを通じて、密かに連絡を取ってはいた。
 けれども今度は意図が違う。
 ただの近況報告ではなく、デザントからの手紙が、同封されていたのだ。
 直接会って、和解と謝罪をしたいとあった。
 父母には会いたい。
 デザントと和解すれば、それが叶うのだ。
 この機会を逃せば、もう会えないかもしれない。
 でも本当だろうか。
「見せて貰っていいか?」
 フィリアは素直に手紙を渡した。
 マゼラは二通とも読み終えて。
「一緒に行こう」
 と、微笑んだ。

 男爵夫妻は走り出てきた。
 フィリアも駆け寄った。
 フィリアは父と抱き合い、次に母と抱き合った。
 母と娘は両手を握り合い、涙を流した。
 無言で過ぎる再会を、マゼラは黙って見守っていた。

 その夜、デザントが男爵宅に訪れた。
 フィリアの緊張が解けていくのを見て、他の者達は席を外した。
 二人きりで向かい合った時、デザントの口から、自然に言葉が滑り出た。
「本当に済まなかった。私の身勝手な思い込みで、情欲から貴女の人生を壊してしまった」
「私こそ申し訳ございませんでした。私も陛下への想いがございました。だからこそ、取り替えがきく夫人達の一人になりたくはなかったのです。その私の我が儘で、陛下の御子まで勝手にしてしまいました」
 見つめ合い、どちらからともなく微笑んだ。
「一目惚れだった。激しい恋をしたのだ」
「私もです。その恋に恋のまま、終わらせてしまいました」
「今は、幸せなのだな」
「はい。陛下も」
 二十五年。
 どうということのない日常を積み重ね、編み上げた、曖昧で確かなもの。 
ー僕は貴女とがよかったー
 デザントは言いかけて、止めた。

 一月後、ガーラント家は大騒ぎだった。
 しかも、静かに騒がなければならい。
 ルージュサンの祖父母が、突然来訪したのだ。
途中で別れたという実母からの手紙も、携えていた。
 彼らの素性は秘密だった。
 語らいはガーラント子爵との、感謝の応酬で始まった。
 男爵夫妻は、ルージュサンを立派に育ててくれたことに、ガーラント子爵は、ルージュサンを与えてくれたことに。
 あまりにいつまでも続くので、ルージュサンが口を挟んだ。
「私はとても素晴らしい、ということで。冷めきる前にお茶を頂きませんか?」

フィリアが王を拒んで失踪したことは、当日時都中で取り沙汰された。
 アミという女の娘が、フレイアの身代わりとして探されたことも、ごく一部の人間は知っていた。
 父母と、母方の祖父母のぎこちない関係もある。
 フレイアが成長すれば、この二つを結び付けるのは必然だった。
 元々聞くことが好きだった外国の見聞の中に、フレイアは自分のに似た姿を探した。
 そしてルージュサンを見つけたが、確証が無い。
 聞くとすれば祖父母であろうと思いつつ、機会を見出だせずにいた。
 そして二十五歳の誕生日、祝いの菓子を持って行くと、祖父母が屋敷を留守にしていた。
 使用人達は口が固かったが、フィリア夫妻と遠出したのはうかがい知れた。
  二人が戻ったとの知らせを受け、フレイアは再び屋敷を訪ねた。
 男爵夫妻の顔には疲れが滲んでいたが、驚くほどに晴れ晴れとしていた。
「ルージュサン=ガーラントに会われたのですか?」
 男爵夫妻は顔を見合わせ、しばらく黙り込んでいた。
 そして、他言しないことを条件に、全てを話した。




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