デザントは先王の墓参りをしていた。
亡くなって十度目の命日だ。
デザントが王太子となって以来、母として扱うことを、許さなかった実母だった。
「もう、いいでしょう?母上」
そう呟いて花を捧げ、踵を返すと、二人の婦人が連れ立ってこちらに向かってきた。
「久しぶりだな、二人とも」
最後の第二夫人と第三夫人だった。
「ご無沙汰しております。陛下。もう十年ですね」
「本日は、ご生母様のお墓参りをさせて頂きたく、参りました」
二人の目礼に、デザントは微笑みを返した。
「それは有難いことだ。殆ど関わりはなかっただろうに」
元第三夫人が花を手向けながら答える。
「口止めされておりましたが、蔭で何かと気遣って下さいました」
想いもよらないことだった。
頑なに前王の第一夫人で居続けた母。
けれど。
『私はいつでも、いつまでも、あなたのことを、思っていますよ』
私を王太子として、前王妃の元に送り出した、あの時の、あの言葉は本当だったのだ。
自分は何も見えていなかった。
何十年もの間。
立ち尽くすデザントを、元第二夫人が気の毒そうに見た。
「私が申し上げるのもおこがましいのですが、母はいつまでも母なのです。陛下」
デザントは首を軽く横に振り、笑みを作った。
「そういえば、二人とも三人目の子に恵まれたそうだな。体が治って良かった。幸せそうで何よりだ」
「ああ、それは」
二人は顔を見合わせた。
「方便というものです。女は気遣いだけでも、情熱だけでも満足しません。私達は欲張りなのです」
元第三夫人はそう言って、悪戯っぽく笑った。
デザントは十日考えた。
そしてフィリアとダリアの実家に向かった。
驚いた執事に客間に通され、男爵夫妻がゆっくりと入って来た。
二人は老いていた。
二十五年の歳月。
デザントは自然に膝をついていた。
慌てる夫妻に、二通の封書を渡した。
それは、今後決してフィリアとその娘を捕らえぬという誓約書と、フィリアへの和解の手紙だった。
フィリアは困惑していた。
父母とはサンタビリアを通じて、密かに連絡を取ってはいた。
けれども今度は意図が違う。
ただの近況報告ではなく、デザントからの手紙が、同封されていたのだ。
直接会って、和解と謝罪をしたいとあった。
父母には会いたい。
デザントと和解すれば、それが叶うのだ。
この機会を逃せば、もう会えないかもしれない。
でも本当だろうか。
「見せて貰っていいか?」
フィリアは素直に手紙を渡した。
マゼラは二通とも読み終えて。
「一緒に行こう」
と、微笑んだ。
男爵夫妻は走り出てきた。
フィリアも駆け寄った。
フィリアは父と抱き合い、次に母と抱き合った。
母と娘は両手を握り合い、涙を流した。
無言で過ぎる再会を、マゼラは黙って見守っていた。
その夜、デザントが男爵宅に訪れた。
フィリアの緊張が解けていくのを見て、他の者達は席を外した。
二人きりで向かい合った時、デザントの口から、自然に言葉が滑り出た。
「本当に済まなかった。私の身勝手な思い込みで、情欲から貴女の人生を壊してしまった」
「私こそ申し訳ございませんでした。私も陛下への想いがございました。だからこそ、取り替えがきく夫人達の一人になりたくはなかったのです。その私の我が儘で、陛下の御子まで勝手にしてしまいました」
見つめ合い、どちらからともなく微笑んだ。
「一目惚れだった。激しい恋をしたのだ」
「私もです。その恋に恋のまま、終わらせてしまいました」
「今は、幸せなのだな」
「はい。陛下も」
二十五年。
どうということのない日常を積み重ね、編み上げた、曖昧で確かなもの。
ー僕は貴女とがよかったー
デザントは言いかけて、止めた。
一月後、ガーラント家は大騒ぎだった。
しかも、静かに騒がなければならい。
ルージュサンの祖父母が、突然来訪したのだ。
途中で別れたという実母からの手紙も、携えていた。
彼らの素性は秘密だった。
語らいはガーラント子爵との、感謝の応酬で始まった。
男爵夫妻は、ルージュサンを立派に育ててくれたことに、ガーラント子爵は、ルージュサンを与えてくれたことに。
あまりにいつまでも続くので、ルージュサンが口を挟んだ。
「私はとても素晴らしい、ということで。冷めきる前にお茶を頂きませんか?」
フィリアが王を拒んで失踪したことは、当日時都中で取り沙汰された。
アミという女の娘が、フレイアの身代わりとして探されたことも、ごく一部の人間は知っていた。
父母と、母方の祖父母のぎこちない関係もある。
フレイアが成長すれば、この二つを結び付けるのは必然だった。
元々聞くことが好きだった外国の見聞の中に、フレイアは自分のに似た姿を探した。
そしてルージュサンを見つけたが、確証が無い。
聞くとすれば祖父母であろうと思いつつ、機会を見出だせずにいた。
そして二十五歳の誕生日、祝いの菓子を持って行くと、祖父母が屋敷を留守にしていた。
使用人達は口が固かったが、フィリア夫妻と遠出したのはうかがい知れた。
二人が戻ったとの知らせを受け、フレイアは再び屋敷を訪ねた。
男爵夫妻の顔には疲れが滲んでいたが、驚くほどに晴れ晴れとしていた。
「ルージュサン=ガーラントに会われたのですか?」
男爵夫妻は顔を見合わせ、しばらく黙り込んでいた。
そして、他言しないことを条件に、全てを話した。
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