狐の日記帳

倉敷美観地区内の陶芸店の店員が店内の生け花の写真をUpしたりしなかったりするブログ

本当に酔うには一杯で充分。問題はその決定的な一杯が十三杯目か十四杯目かわからないことだ。

2019年07月08日 16時39分28秒 | VSの日記





 或る夜の事。

 狐は先輩と一緒に或るパブリック・ハウスのカウンター席に腰をかけて、絶えずミルクを舐めてゐた。
 狐は余り口をきかなかつた。
 しかし、先輩の言葉には熱心に耳を傾けてゐた。
 「私はアラン・プロストが大好きだつたのです」
 先輩は頬杖をしたまま極めて無造作に狐に言つた。
 「F1レーサーで偉大なる世界王者です。私は大好きでした」
 左様でございますか。
 「それ故、私はアナウンサーの〇〇〇〇が大嫌いです」
 ん? アラン・プロストが大好きだつたことと〇〇〇〇が大嫌いなことが何故に結びつくのです?
 「〇〇〇〇はF1の中継で、偉大なる世界王者のアラン・プロストを悪役とし極悪人とし悪の権化であるアラン・プロストが負けてアイルトン・セナが勝つのが正義でありF1を観戦する醍醐味だと言わんばかりの実況を一方的に行いました。F1の中継を勧善懲悪のショーとして実況しました。偉大なる世界王者のアラン・プロストに対して悪意のある実況を行いました。アラン・プロストが大好きだつた私は今でも〇〇〇〇を許せません」
 ふ~ん?
 「〇〇〇〇がアイルトン・セナのことが大好きで大好きで大好きでたまらないというのは別に構わないのです。F1を観戦する楽しみ方を一方的に押し付けられたことが気に入らないのです。その為に大好きなアラン・プロストを〇〇〇〇が貶めたことが許せないのです。自分の価値観を勝手に他者に押し付ける中継をしたことが許せないのです。奴にはいつか天誅を下してやる!」
 無視すればよいではないですか。
 「む?」
 私はTVをほとんど観ないので〇〇〇〇についてはよく知りません。ですが一般的にスポーツの楽しみ方を一方的に押し付ける人は愚か者かど阿呆だと申します。スポーツ以外でも自分の価値観を他人に一方的に押し付ける人は愚か者かど阿呆だと申します。そうでないならば愚か者で尚且つど阿呆だそうです。そんな輩は無視すればよいではないですか。無視してF1を楽しめばよいのです。先輩は素直過ぎます。
 「む」
 先輩はお喋りを止めて考え込んだ。

 狐の言葉は先輩の心を知らない世界へ神々に近い世界へと解放したのかもしれない。
 狐は氷とウオッカを注文し、割賦の中でミルクと混ぜ合わせて舐めた。

 暫らくして先輩は小声で言つた。
 「狐の分際でこの私が素直過ぎると申すか?」
 やばい。怒らせたのかもしんない。


 そのパブリック・ハウスは極小さかつた。
 しかしパンの神の額の下には赫い鉢に植ゑたゴムの樹が一本、肉の厚い葉をだらりと垂らしてゐた。




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