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或る夜の事。
狐が或るパブリツク・ハウスへ入つて獨りで火酒入りのミルクをちろりちろりと舐めてゐたら、知り合いのお方が呼びもしないで傍へ寄つて來て狐に向かつて「君は面白主義者だそうだね」と云つた。
狐は無言で火酒入りのミルクを舐めてゐた。
「面白いか面白くないかで物事の大半を決めてゐると聞いているよ。ろけんろおるな生き様を突き進む心算なのだな。しえけなべいべな人なのだな。転がる石のやうに転がり給えよ。でも崖から墜ちてしまわぬやう気を付けることだね」
余計なお世話である。崖から墜ちてたまるか。
「因みに私はセクスィーかセクスィーでないかで物事を決める!」
セクシー?
「ノンノンノンノン。セクスィーだ!」
セクスィー……。
「見給え。この割賦の曲線の美しさを。実にセクスィーだ! この割賦はよい。よいものだ」知人は割賦を掲げてうつとりと見詰めた。
「セクスィーかセクスィーでないかは重要なことなのだよ。セクスィーであることには意味があるのだ」
左様でございますか。
「因みに君はセクスィーでないね。セクスィーの欠片もないね。セクスィーさが皆無だ。それではいかんよ」
左様でございますか。ところで色気といふものは何処から出てくるものなのですかね?
「それは非常に難しい問題だよ、君。そして考察に値する問題だ。うむ」
知り合いのお方は少し考え込んだ。
「さうだ! どうかね? 今宵は夜通し二人でセクスィーというものがどのようにして発生するのか考察してみないかね? 同衾して御布団の中で」
……。
狐は知人を一睨みして割賦の中の火酒入りのミルクを飲み干して静かに席を立ち、「ごきげんよう。良い夜を」と知人に挨拶をしてパブリツク・ハウスを出た。
其のパブリック・ハウスは極小さかつた。
しかしパンの神の額の下には赫い鉢に植ゑたゴムの樹が一本、肉の厚い葉をだらりと垂らしてゐた。
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