狐の日記帳

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2020年07月09日 19時10分59秒 | その他の日記
 以下の文は、「SYNODOS」の『自分の「ものさし」を持つということ――福島の甲状腺検査と住民の健康を本当に見守るために 緑川早苗氏インタビュー』と題した記事の転載であります。



『自分の「ものさし」を持つということ――福島の甲状腺検査と住民の健康を本当に見守るために 緑川早苗氏インタビュー』


 東京電力福島第一原子力発電所の事故(以下福島第一原発事故)の後、事故当時18歳以下だった全県民を対象に、超音波機器を使って甲状腺がんの有無を調べる検査(甲状腺がんスクリーニング。以下甲状腺検査)が行われている。
 この甲状腺検査には、過剰診断(検査で見つけなければ一生症状を出さず、治療の必要がなかった甲状腺がんを見つけること)をはじめ、複数の問題があるという指摘がある。
 
 甲状腺がんスクリーニングは、受診者へのメリットが少ない一方で、過剰診断などの不利益があることから、国際的に、たとえ原子力災害の後であっても、実施すべきでないとされている。
 しかし、原発事故後の福島では、今なお甲状腺検査は続き、すでに10年目になる。
 
 福島の甲状腺検査の中心的業務に、検査が始まった当初から関わった緑川早苗・元福島県立医科大学准教授が、2020年3月末で福島県立医科大学(以下福島医大)を退職した。
 その後、甲状腺検査についての正しい情報を発信したり、不安を抱える人の相談窓口を設けたりするNPO「POFF」(https://www.poff-jp.com/)を医療関係者や住民の有志とともに発足し、共同代表を務めている。
 
 今回、福島の甲状腺検査の現場の実態と課題について伺った。(聞き手・構成 / 服部美咲)
 
 
 流れ作業のように行われる「学校検査」
 ――2020年3月末で、福島医大を退職されました。在職中は、甲状腺検査にどのように関わっていらっしゃいましたか。
 福島第一原発事故が起きた2011年3月当時は、福島医大で内科医として勤務していました。
 チェルノブイリ原発事故が起きた後、周辺地域に住む子どもの甲状腺がんがたくさん見つかりました。
 福島第一原発事故の後にも同じようなことが起きるんじゃないかという不安を、私自身も漠然と抱いたことを覚えています。
 まもなく、福島県が子どもの甲状腺検査をすることになりました。
 検査は、福島県が福島医大に委託して行っています。
 私にも「甲状腺検査を手伝うように」と声がかかり、それから検査の現場での仕事が始まりました。
 
 ――具体的にはどのようなお仕事をなさっていましたか。
  甲状腺検査そのものを担当していました。
 対象となる子どもたちの首に、超音波機器を当て、画面に映る映像で甲状腺の様子を確認するというものです。
  それから、超音波検査の結果、精密検査(二次検査)を受けるようにいわれた子たちが、安心して話せるような時間をつくるようなこともしていました。
 検査会場で恐怖や不安のあまり泣いてしまうことがよくありましたので。
 その延長で、個別に甲状腺検査についての電話相談や、甲状腺検査の説明会や出前授業などを続けていました。
 そういう意味では、検査対象の方々に最も近い場所にいたと言えるのかもしれません。
 
 ――学齢期の対象者は、原則学校の授業時間を使って一斉に甲状腺検査を受けている(以下学校検査)とのことです。学校検査の現場の様子を伺えますか。
  子どもたちは、クラスごとに検査を受けにきます。
 そして機械的に検査ブースに割り振られ、検査台に寝て、超音波機器を当てられ、出ていきます。
 流れ作業のように行われるので、なんの疑問を抱く間もありません。
  たとえば、学校の体育の授業で、「ボールをついて、校庭を1周回ってきましょう」と言われると、子どもたちはその通り、ボールをつきながら校庭を回ってきますね。
 それと同じように、子どもたちは、ごく自然な流れのままに、甲状腺検査を受けているのです。
  それでもときどき、とても心配そうな表情の子を見かけることがあります。
 検査会場で、「こんにちは」と声をかけても、ほかの子みたいに元気よく挨拶がかえってこない。
 怯えたような、不安そうな感じで立っています。
  「ああ、この子はもしかして」と思って、「検査、苦手かい?」と声をかけると、やっぱりどうも、あんまり検査が好きじゃない。
 「やっても大丈夫?」と訊くと、「やってもいい」と返ってきて、それで検査をしますね。
 すると、たとえば結節があったりするんです。
  もしかしたら、前回の検査でも「結節がある」と言われて、二次検査(一次検査で必要と判断された場合に行う精密検査。
 詳細な超音波検査、血液検査、尿検査のほか、医師が必要と判断した場合には穿刺吸引細胞診を行う)に行った経験があるのかもしれません。
  このように、自分の甲状腺について、もし何か悪いことを言われたら嫌だなという子も中にはいます。
 あるいは、家族が皆とても放射線について心配しているという場合もあります。
 超音波機器を首に当てている最中に、「放射線、入っていますか?」と訊く子もいました。
  一人ひとりの体の病気についての検査ですから、受ける・受けないの選択は、一人ひとり違っていて当然です。
 それにも関わらず、全員一律に、流れ作業のように検査を受けている今の状況には問題があると思います。
 
  福島の子どもたちの反応
 
 ――甲状腺検査の説明会の様子をうかがえますか。
  福島医大の甲状腺検査室の業務の一環として、7年ほど出張説明会を担当していました。
  当初は大人向けの説明会をしていたのですが、ある小学校の先生から、「子どもたちにも説明してあげてほしい」と依頼されました。
 そこで、2014年に、初めて出前授業というかたちで子どもたちに向けた説明会をしました。
 大学からも、その頃は「子どもたちに甲状腺や検査のことを説明するのはいいことだ」と、歓迎されていました。
  出前授業は、放射線技師や広報の方々も入っていただいて、チームとして学校に伺いました。
 小さな演劇のようなスタイルをとって、子どもたちにも参加してもらいました。
 その結果、対話も交えながら、楽しく双方向的な授業になりました。
 この頃の授業の様子は映像記録に残っています。
  授業後の感想も、「甲状腺の働きについて学べてよかった」とか「超音波検査の仕組みがわかってすごく楽しかった」とか、とても前向きで明るいものばかりでした。
  出前授業の資料は、私が広報や事務の担当の方や検査の技師たちと一緒に作って、大学の許可を得たものを使っていました。
 今は「なぜ?なに?甲状腺検査」(https://fukushima-mimamori.jp/thyroid-examination/meeting.html)としてホームページにも残っています。
 見ていただくとわかるかと思うのですが、甲状腺検査の説明に終始しており、甲状腺がんのことにはほとんど触れられていません。
  この資料や、それを使った当時の出前授業のメインメッセージは「のう胞は心配ありません」、そして「これからも甲状腺検査は続いていきますよ」でした。
  私は、甲状腺がんについてほとんど触れずに、甲状腺や超音波検査、のう胞や結節などについてだけ説明していたのですが、子どもたちは賢いので、そのうち「あっわかった!」っていうんです。
 「甲状腺に放射性物質が入ると、甲状腺がんになりやすくなるんだけど、福島では原発事故があったから、それでぼくたちに甲状腺検査をやってるんだね」と。
  さらに、「福島では、原発事故後の放射線被ばくは高くなかったから、チェルノブイリ原発事故のときのように甲状腺がんは増えないと思うよ」と説明しますね。
  すると、子どもたちは素晴らしいので、本当に素晴らしいので、「そうか、甲状腺検査を受けることで、ぼくたちは、福島は大丈夫なんだよって世界に向けて証明できるんだね」と言うんです。
  そういう反応が、福島の子どもたちからは、出てきてしまうんですよ。
 
 出前授業は、月に何回もあります。
 それと並行して甲状腺検査を実施します。
 検査では、一定の確率で甲状腺がんという判定が出てきます。
 子どもたちは、出前授業で「大丈夫ですよ」って聞いて、「福島が大丈夫だって証明するために検査を受けるんだね」って思って、それなのに、「あれ?大丈夫って聞いたのに、ぼくはがんだったんだ」あるいは自分自身ではなくても「甲状腺がんが見つかったということは福島は大丈夫ではなかったの?」という思いをするわけです。
 私は、自分が子どもたちをだましている、裏切っていると強く感じるようになりました。
 
 
 ――受診する当事者である子どもたちは、もしがんと診断されたときのことを十分に知らされていなかったのですね。
  子どもたち自身にも、検査で自分にがんが見つかる可能性があることや、甲状腺がんがどんな病気なのかということを、ちゃんと説明しなきゃいけない、と思いました。
 それで、出前授業の資料に甲状腺がんの説明スライドを入れました。
  甲状腺がんについて説明するのであれば、同時に、超音波で甲状腺検査をすると、甲状腺がんの過剰診断が起こるということも説明する必要があります。
  もし検査を受けて、甲状腺がんという診断が出たとしても、それは超音波検査を受けなければ一生見つからなかったものかもしれないんだということは、検査を受診する当事者に必ず伝えなければならない、大切な事実です。
 
  「過剰診断」という言葉を使ってはいけない
 
 ――子どもたちに、甲状腺がんや過剰診断などの説明をすることに、福島医大内部での反対の声はあったのでしょうか。
  出張説明会や出前授業の内容について、大学で提案しました。
 すると、「子どもたちに甲状腺がんの説明をしたい」というところまではなんとか許可を得られましたが、「過剰診断の説明をしたい」というあたりから、だんだん難色を示されるようになりました。
 それまでも、学外の専門家からは、「過剰診断になっている」というご指摘をいただいていました。
 そして、2017年4月の内分泌学会総会のシンポジウムで、私が「福島の甲状腺検査にはマイナスがあります」という内容で、大津留晶先生(当時福島県立医科大学教授・甲状腺検査をスタート時から担当)が「福島の甲状腺検査で過剰診断が起きている」という内容で、福島医大として発表をし、その場でも一定の理解を得られたように思われました。
  ところが、その後、外部の団体から、福島医大あてに封書や電話での批判が届くようになりました。
 その影響で、福島医大の業務にも支障が出るようになったのかもしれません。
  出前授業の資料の内容や、授業内容について、「甲状腺検査の説明をするときに、過剰診断という言葉を使ってはいけない」という指示が度々出るようになっていきました。
 
 ――過剰診断は、福島の甲状腺検査だけではなく、すべてのスクリーニング検査で起こるものですね。
 そうです。
 過剰診断というのは、なんらかの主義主張に基づく特殊な言葉ではなく、単純な医学用語です。
 しかし、福島医大の、検査に関わる上層部の方々は、「過剰診断」という言葉に非常にナーバスになっていきました。
 加えて、検査についての「強制的」とか「義務的」といった言葉にも敏感になっているようでした。
 たとえば、福島では、学校に通う子どもたちの甲状腺検査を学校で実施しているために、「受けなければいけない」「受けるのが当然」と、子どもや保護者の方々が思ってしまう問題が起きています。
 でも、それも指摘してはいけないと言われるようになりました。
  子どもたちは、「自分が受ける甲状腺検査にマイナスがあるんだ」ということを知らないことや、そのマイナスが具体的にどういうものなのかも知らないのに、その検査を受けるかどうかを決めなくちゃいけないんです。
 その状況そのものが、不誠実だと私は感じました。
 不誠実だし、受けるかどうかを決めるための説明も受けないままで、学校の授業時間に検査が行われているということについては、倫理的な問題があると考えています。
 
 大学の立場ではなく、住民の健康を
 
 福島医大は、甲状腺検査を県から受託して実施しています。
 その立場から考えれば、過剰診断が起きていることや、学校検査によって事実上の強制性が生まれていることは、内部から指摘されると困ることなのかもしれません。
 しかし、福島医大の立場を守るために、福島の住民が傷つくのを見過ごすことは、私にはできませんでした。
 どうしても伝えなければいけないことは、大学に許可された配布資料だけでは不十分でしたので、口頭で説明するなどの工夫をして、なんとか伝えようと努力をしてきました。
 配布資料そのものでも、過剰診断の問題点などがわかるようにしたかったのですが、福島医大の名前で出す冊子や説明会の資料などに、過剰診断の説明を入れることはできませんでした。
 
 ――だんだん大学からの規制が増え、最終的には論文を専門誌に投稿することも難しくなったと伺いました。
 
 県民健康調査の未発表のデータを使った論文を専門誌に投稿する際には、学内で審査を受ける必要があります。
 2017年に、学校検査には倫理的な問題があるということを指摘する論文について、この学内審査で「保留」とされました。
 甲状腺検査を受託する医大から出す論文として、「今は適切ではない」という意見が多くあがりました。
  通常の審査では、異なる意見があっても、一部修正するようにとの指摘がされるだけですが、この論文だけが、どういうわけか「保留」とされました。
 そこで、「保留」の期間について会議上で質問したのですが、答えを得られませんでしたので、「来週か再来週まで待って、また審査にかけていいということですか」と重ねて問いました。すると、「そういうことじゃない、しばらくだ」ということで、そのまま、2年が経過してしまいました。
  さすがに2年待ちましたので、一部を修正し、改めて会議に提出してみたんです。すると、今度は「不承認」という結果でした。
 その論文は、より客観性を保つため、海外の研究者にも共著者として入っていただいたのですが、論文の投稿自体ができないという結果をお伝えしなければなりませんでした。
 
 過剰診断をなくすことはできない
 
 ――緑川先生が甲状腺検査室を離れられたことを知り、「検査開始当初から受診者と最も近いところで働かれていた先生が」と、驚きました。
  私は、2018年4月に、甲状腺検査室から新設する健康コミュニケーション室に行きなさい、と言われました。
 新設される室は、甲状腺検査を最も理解している人が、甲状腺検査の説明をする部署であるということでしたので、本来甲状腺検査室の中に置くべきではないかと言いましたが、「そういうわけにはいかない」と言われました。
  つまりそれは、「甲状腺検査室を外れなさい」ということでした。
 さらに、当時の甲状腺検査室の責任者でいらっしゃった大津留先生も、検査の運営から外されました。
  健康コミュニケーション室に異動してもできることはないかと考え、一般検査会場で、甲状腺検査を受ける前に、住民に検査のメリットとデメリットを説明することにしました。
  事前説明の資料を作ったところ、新たな甲状腺検査室のメンバーにも共有するようにといわれ、会議に提出しました。
 結果的には、私たちが作った説明文に、大きく変更が加えられました。
 
  ――どのような変更が加えられたのでしょうか。
 
 まず、福島の甲状腺検査に、メリットはほぼありません。
 もしメリットがあったとしても、メリットを受けられる可能性は低いです。
 その一方で、デメリットは明確にあります。
 そしてそのデメリットを被る可能性は高いです。
 
 甲状腺検査そのもののメリット・デメリットのバランスがそうなっているので、資料内の説明文としても、当然デメリットの方を多く挙げる文面になります。
  この点について、「あなたの作った資料には、メリットよりもデメリットの方が多く挙げられていて、バランスが取れていない」と指摘されました。
  「事実として、メリットよりもデメリットが多い検査なので、その検査について説明すれば、メリットとデメリットの数が同じにはなりません」と言っても、「甲状腺検査のメリットを不当に少なく書いている」と聞き入れていただけませんでした。
 「住民の皆様の安心のために、甲状腺検査は非常に貢献しております」と書くように、というのです。
  2020年4月から住民の方々に送られている甲状腺検査のお知らせ文(https://www.pref.fukushima.lg.jp/uploaded/attachment/354627.pdf)にも、甲状腺検査にはデメリットと同じくらいのメリットがあるかのように書かれています。
 住民にとってメリットは少なく、一方のデメリットはたくさんある検査について説明する文章であるにもかかわらず、です。さらに、「治療の必要性が低い病変ができるだけ診断されないよう対策を講じています」という一文までもが添えられています。
 
 ――甲状腺検査のやり方によって、過剰診断をなくすことはできますか?
 
 できません。
 どんなに抑制しようとしても、甲状腺検査が無症状の方々を対象にする限り、過剰診断をなくすことはできません。
  そもそも、抑えようにも、スクリーニング検査で見つかった無症状の甲状腺がんのうち、どれが将来治療しなければならなくなるものなのか、どれが一生症状せずに終わるものなのかを、見分けることはできません。
 仮に工夫をして、将来治療すべきものだけを診断・治療できる時代になったとしても、そもそも子どもや若年者の無症状の甲状腺がんを診断すること(数十年の前倒し診断)そのものに、メリットがあるという根拠がありません。
 数十年先にはもっと良い治療があるかもしれないのですから。
  福島の甲状腺検査は、原子力災害の後、福島の住民の不安にこたえることを目的として始まりました。
 しかし、住民の不安にこたえる方法として、大規模な甲状腺検査をすることによって、かえって住民を過剰診断のリスクにさらしてしまっています。
 
 ――甲状腺検査開始時と現在とでは、検査をめぐる状況が変わりました。
 
 甲状腺検査を始めた後しばらくして、受診者にとってマイナスが多いということがわかりました。
 ですから、やり方は根本的に変えるべきでしょう。
 他県ではやっていない子どもの甲状腺がんスクリーニングなのですから、少なくとも事前説明では、新たな検査や薬の治験や臨床研究と同じように、この検査によるリスクについてきちんと受診者に説明するという形に変えなければなりません。
  今の事前説明の資料や甲状腺検査のお知らせ文では、甲状腺検査を受ける子どもたちや保護者に、甲状腺検査にメリットが実際よりも多くあり、デメリットが実際よりも少ないように誤解させてしまいます。
 
 ――福島医大の甲状腺検査担当者が、甲状腺検査のメリットを実際よりも多くあるかのように主張する理由を、どのようにお考えですか。
 
 福島県から委託を受けて、甲状腺検査を実施している福島医大に所属する医師が、甲状腺検査のマイナスを指摘するのは不自然であるという理由のようです。
 じつを言えば、住民の方からも同様の指摘をされたことがあります。
  私が、甲状腺検査には受診者にとってのマイナスがあるという説明をしたところ、「先生方は、いわばお店で甲状腺検査を売っているようなものなのですから、商品である甲状腺検査の良い点をアピールしなければいけないんじゃないですか。マイナスがあるなんて言われると、違和感があります」と言われました。
  確かに、悪いものならなぜあなたはそれを売っているんだという感覚は自然なものですよね。
  住民にも、そういう感覚を持つ方がいらっしゃるほどですから、甲状腺検査をいわば「お店で売っている」福島医大には、自分たちの売る「商品」は良いものなんだと信じたい方がいらっしゃるのかもしれません。
 科学的な事実やデータから言えることの解釈をまげてでも、甲状腺検査は良いものだし、自分たちがやっていること、やってきたことは良いことだと信じ続けていたいという強固な思いがあるように感じます。
  こういった動機に基づいて、住民への不利益を顧みず、自分たちの行いを正当化するためだけに懸命な努力を払う姿勢が見えるたび、強い違和感を覚えます。
 
 住民一人ひとりの不安を聞き取る
 
 福島の甲状腺検査は、「福島の住民が放射線被ばくによる子どもの甲状腺がんを心配して、検査を求めたために始まった」と説明されています。
 でも、一般の方々が、医療者のように、多くの選択肢の存在を知っているわけではありません。
  原発事故しばらくしてすでに予測されていましたし、最近の研究でもより確かになってきたことですが、子どもの甲状腺への被ばくは甲状腺がんのリスクを上げるようなレベルではありませんでした。
  このことを知れば、もう甲状腺検査はしなくてもいいかなと思う方はたくさんいらっしゃるでしょう。
 あるいは、検査をするにしても、高精度の超音波機器ではない方が良いかもしれません。
 2020年に、医学雑誌のLancetの内分泌・糖尿病に関する姉妹紙にも、小児がんでたくさんの医療被ばくをしたような人であっても、超音波ではなく、5年に1度の触診の方が良いという意見投稿が掲載されています。
 たとえば、年に1度病院に来て、触診して、お話をするようなフォローが適した方もいらっしゃるのではないでしょうか。
 
 一人ひとりの不安やその背景事情を聞き取って、それに応じて、そのとき最適と考えられる医療や情報を選んで提供をすることが見守りでしょうし、何がその人にとって今の最適な見守りの形なのかを判断するのこそが、医師の仕事だと思います。
 
 一般の住民が超音波検査を求めているようだから、全員に一律で超音波によるスクリーニングをしましょうというのは、少なくとも医師のとるべき選択ではないと思います。

 ” First, no harm” 

 ――原子力災害などの災害時に、現地の住民の健康を調査する必要があるとき、どのようなことを注意すべきでしょうか。
 
 災害時に、被災地の住民に対して何か介入するときに、まずはなによりも、「被災者に対する害がない」ということを大前提とするべきです。
 そして、もし途中で介入に害があることが判明したら、とにかくいったんストップ、やり方を見直す。
  こう言うと、大学の内部でも随分叱られてしまいましたが、私は、これが極端に偏った考え方とは思えないのです。
 ” First, no harm” は、医師としてごく基本的な姿勢だと思います。
 
 科学雑誌の「Nature」に、災害下のさまざまな調査の行動規範についての論文が掲載されました。
 私たちはこの論文に、甲状腺検査でも同じような考え方が必要だという意見投稿をし、これが紹介されました。
 
  ――福島の甲状腺検査は、今後どのような形に改善されることが望まれますか。
 
 まず、原子力災害後の甲状腺検査全般についていえば、2018年に公開された、IARC(がん国際研究機関)の提言②で「モニタリング」と表現されているやり方が本来あるべき姿だと思います。(http://www.env.go.jp/chemi/chemi/rhm/Report1_Japanese.pdf)
  もちろん、モニタリングプログラムでも、無症状の人に検査をすれば、過剰診断は避けられません。
 でも、100mSv~500mSv以上の放射線被ばくをされた方であれば、甲状腺がんのリスクが考えられますから、ご本人の希望があれば、無症状でも超音波検査をすることがあり得ると思います。
 あるいは被ばく線量が100mSv未満であっても、一人ひとりの事情がありますから、超音波検査を受けるための公的な窓口そのものを閉ざすべきだということではありません。
  放射線被ばくによって起きた甲状腺がんであっても、それ以外の原因の甲状腺がんと同じです。
 一生悪いことをしないかもしれませんし、もし症状が出ても、それから治療をして治る確率の高いがんであることに変わりはありません。
 それをよく理解した上で、それでも検査を受けたいという方だけが、個人単位で受ける検査だと思います。
 福島の甲状腺検査については、検査の対象者は、福島第一原発事故当時18歳以下だった全県民ではなく、放射線による健康影響を心配して、個人単位で申し込んでいらっしゃった方であるべきだと思います。
  現状、特に学校検査のある年齢の子どもたちにとっては、なんとなく受けたくなくても、「甲状腺検査を受けるのが当然である」という空気の中で、あえて「検査を受けない」という選択をしなければなりません。
 それは、子どもにとって大きなストレスになります。
 
 心配されている個人の方が申し込んできたときにも、必ず、甲状腺の専門家だけではなく、放射線などの複数の専門家がチームで対応するべきだと思います。
  線量評価やリスク評価、心理的な側面からの状況などもみて、十分なコミュニケーションをとって、その上で、もし甲状腺検査を受けるのであれば、そのデメリットも十分に説明して、それから同意をとるべきです。
  こういった手間を、一人ひとり全員にかけられるわけがないともいわれるのですが、それは現状のように、原発事故当時18歳以下だった全県民を対象に考えているからだと思います。
 自分で申し込んできた方だけを対象にした場合、現状の18歳以上の方の受診率と同じくらいになると考えてみれば、今の1/10、2年間で約2万人です。
 それならば、体制によっては不可能ではないと思います。
 
 不安な人こそを苦しめる
 
 ――福島の甲状腺検査では、甲状腺検査のお知らせが対象者に通知されます。たとえば、自治体などからお知らせが通知される予防接種は「積極的勧奨」とされていますので、現在の甲状腺検査はIARCが非推奨とした「積極的な対象者の募集」に当たりますか。
  そうです。
 甲状腺検査の通知を送付した段階で、それはIARCが「推奨しない」とした積極的な募集を伴う検査です。
  甲状腺がんについての相談窓口を設置してホームページに載せるのは良いですが、そこに申し込むかどうかは住民に委ねるべきです。
  そして、放射線被ばくによる甲状腺がんが不安で、申し込んできた方がいても、「心配ならば検査しましょう」と安易に検査を薦めるべきではありません。
  人が不安を感じるときは、必ず理由があります。
 申し込んできた方一人ひとりのお話をうかがってみなければ、不安の理由はわかりません。
  対話を重ねて、放射線被ばくではないところに不安の源があることがわかったら、その不安の源に手当てをしなければいけません。
  もし本当に放射線による健康影響が心配なのだということがわかれば、甲状腺の被ばく線量を推計してみましょうということになります。
 重要なのは、このときも、「甲状腺に超音波をあてて調べましょう」とはならないということです。
 
 ――一人ひとり異なる不安には、一人ひとり異なるケアが必要になるのですね。
  そうです。
 剰え、多様な住民の不安に対して、全員一律に甲状腺検査をしてしまおうなんて、あってはいけない対応だと思います。
  もし放射線によって甲状腺がんになるのではないかと不安に思う方が、甲状腺検査を受けて、放射線とは関係なくがんが見つかったらどうなるでしょうか?
  福島第一原発事故では、甲状腺がんを引き起こすような放射線被ばくは起きていません。
 でも、甲状腺がんは、放射線とは関係なく、一定の割合で見つかるんです。
  もともと放射線被ばくを不安に思っている方が、がんだと診断されれば、容易に放射線被ばくと発がんを自分の中で関連づけてしまいます。
  「不安だから検査を受けて安心したい」という方はたくさんいらっしゃいます。
 検査を実施する福島医大の甲状腺検査担当の先生も「この甲状腺検査はたくさんの方々に安心を与えています」と言っています。
 だから不安な人は甲状腺検査を受けて安心しましょう、ということで、甲状腺検査を9年間続けてきました。
  検査をして、異常が見つからないうちはいいかもしれません。
 でも、検査を定期的に受け続ければ、一定確率でがんの診断が出ます。
 甲状腺がんは、別の原因で亡くなった方のご遺体の多くに見つかる、つまり多くの方が知らずに持っているようながんなのですから。
 
 不安が強いからと甲状腺検査を受けた方は、そのとき、非常に苦しみます。
 不安が強い人ほど苦しみます。
 だからこそ、安心のために甲状腺検査をしてはいけないんです。
 
 医師と患者が、共に解きほぐす
 
 ――不安を抱えた方に、どのように向き合っていらっしゃいますか。
 
 大きな不安を抱えて、何件も医療機関を受診して、それでも解決しないという方が、私のところにいらっしゃることがあります。
  私は、まずその方に、「こんがらがっちゃっているよね」と言うんです。
 こんがらがっちゃっているんです。
 その、こんがらがっちゃったものを、これから一緒に解きほぐしてみましょう。
 そうやって、対話を始めます。
 
 こんがらがっちゃったものは、医師が患者さんから取り上げて、解いてしまうのではないんです。
 一緒に、「ここの結び目は、どうしてこうなっちゃったんだろうね」と考えながら、じっくり解きほぐしていきます。
 絡まったポイントを、医師と患者さんが一緒に見つけてほどいていかない限り、問題は解決しないんじゃないかな、と思っています。
 
 線量測定との決定的な違い
 
 重ねて言いますが、不安には、必ず理由があります。
 その不安も、単純に原発事故だけを原因にするものではないことがあります。
 その理由に引き比べて、過剰診断の害がどれだけのマイナスだと受け止めるのか。
 それは一人ひとり違った自分のものさしではかるしかありません。
 
 たとえば、ある方は、放射線がとても危険で、がんなどさまざまな障害を引き起こすんだという言説に影響された原因を、ご自身で分析されて、「震災と原発事故のあった年に、死産を経験したからだと思います」と仰いました。
  あるいは、もともとの持病が症状を出したことと放射線とを結びつけて不安になってしまう方もいらっしゃいます。
  住民が、自分自身のものさしで測って、自分自身で判断できるようになるサポートを続けることこそが、本来の見守りだと思います。
 
 ――福島第一原発事故の後、外部被ばくや内部被ばくを測定して対話をする取り組みがなされてきました。それらの取り組みと甲状腺検査との違いはなんでしょうか。
 
 甲状腺検査が、放射線の線量測定と大きく異なるのは、病気を診断してしまうという点です。
  空間線量測定は、環境中の放射線量を測定しています。
 ホールボディカウンターでは、体内の放射線量を測定しています。
 これらはあくまで環境のリスク因子の一つを検査しているだけで、ほとんどは精査が必要というものではありません。
 ごくまれに少し高い人がいてもそれそのものがなにかの病気だというわけではなく、そしてなんらかの対策がとれるものです。
  これらの線量測定と違い、甲状腺検査は、放射線とはまったく無関係に、個人の病気を診断して、その人のその後の人生に大きな影響を与えてしまう検査なんです。
 だからこそ、つねに、診断することの利益が不利益を上回っているのか、今のやり方が正しいのかどうかを確認し、見直していく態度が必要なんじゃないかと思っています。
 原発事故の後、甲状腺検査が始まったことは仕方がなかったと思います。
  でも、検査1巡目で116人の悪性または悪性疑いの人が見つかり、2巡目では71人が診断されました。
 そして韓国で甲状腺がんの過剰診断問題が明るみに出て、2014年にはトップジャーナルの「New England Journal of Medicine」に論文も掲載され、その後甲状腺がんの過剰診断に関する論文も増えました。
 2016年か2017年のあたりには、福島の甲状腺検査はいったん立ち止まって、現状のやり方を見直して、変えていかなくてはならなかったのではないでしょうか。
  しかし、やり方を途中から変えるのは研究上好ましくないという意見がしだいに大学の中でも主流となり、変えるべきと言うととても責められるようになりました。
 コホート研究なんだから、途中から検査の形を変えたら、これまでの検査が無駄になるでしょう、ということのようです。
  私が甲状腺検査に加わるように言われたときには、「住民の健康を見守るため」の検査だったはずなのに、そう住民にも説明して始めたはずの検査なのに、いつのまにか、これは研究になってしまっていたようです。
 
  被災者がさらに背負わされる理不尽
 
 甲状腺検査を住民の役に立つような方法に変えていくことが立場上できなくなり、論文などで甲状腺検査について発信することも許されなくなって、もう福島医大を辞めるしかないというところまできてしまいました。
  福島医大を辞めるとすれば、私はもともと臨床医ですから、通常の診療に完全に戻るというのは一つの選択肢になりえます。
  もしそうなれば、私は内分泌内科医ですから、甲状腺検査で甲状腺に異常を指摘された子の診察も当然することになるでしょう。
 テレビをつければ、県民健康調査検討委員会で甲状腺がんが●人増えましたと報道しているのを見るでしょう。
 私は検査の理不尽に気づいているのに、黙って口を閉ざして、ただ目の前の診療だけをするわけです。
 それは、私には、とても耐えられないと思いました。
 この数年間、自分の仕事の9割近くを、福島の甲状腺検査で子どもたちが傷つくことを減らす方向にできないか、ずっと模索し続けてきました。
  でも私たちは、結局それを実現できなかった。
 実現できなかったから、福島の子どもたちは、今も不利益を受け続けているんです。
 甲状腺検査の害が気づかれずに見過ごされて、このまま検査が続いてゆけば、福島の住民はずっと傷つき続けるんです。
  福島の住民は、原発事故を経験しました。
 それだけだって、十分すぎるほど理不尽な経験でしょう。
 それなのに、甲状腺検査でまた理不尽を背負い込まされるのです。
  そんな状況を傍目に、自分は目の前の患者さんだけを診て、病気が治れば一緒によかったねって。自分も満足して幸せです、って。そんなことは許されないでしょう。
 私はこの手で、3万人近くの子どもたちの甲状腺に超音波を当てたんですから。
  甲状腺検査について住民の方に本当のことを知ってもらいたいです。
 甲状腺検査によって困った状況になっている方、検査を受けるかどうか迷っている方、放射線や甲状腺がんについてご心配されている方に少しでも手が届けばいいな、と思っています。
 それで、POFFの活動をはじめました。
 
 福島の甲状腺検査のようなことが繰り返されないように
 
 ――福島第一原発事故の後、福島に必要だったものはなんでしょうか。
  大津留先生に、「被ばく医療」という特別な学問体系が、それだけで独立して存在するわけではないと教わりました。
 被ばく医療は、普段の診療の延長線上にあるんです、と。私自身も原発事故後の経験を通して、そのとおりだと改めて思います。
 原子力災害下では、医療者の生き方そのものが問われます。
 「私は放射線の専門家じゃないから、被ばく医療はできません」と言って、福島から離れてしまった方も少なくありません。
 一方で、県外からたくさんの先生方がいらっしゃって、福島の住民のために努力してくださいました。
 その中でも、一番重要なのは「普通のお医者さん」だったなと思います。
 普通の、内科や外科や耳鼻科などの、普段の医療で放射線を少しは使うし、医学の常識としての知識はあるけれど、放射線を専門にしているわけではないお医者さんたちです。 
 原子力災害があったからと特別なことをするのではないんです。
 ごく普通のまちの診療所や病院が、普段の診療の中で、放射線による健康影響についての不安とどうつきあえばいいのかということを、不安をあおる情報に惑わされずに、地元の患者さんたちとじっくり向き合っていくことがとても大切だと思います。
 そういう姿勢がないと、不安なら集めて検査をして解決してもらいましょう、という方向へ安易に流れてしまいます。
 今回の不安ってそうじゃないよね、検査して病気じゃなければ解決するような単純な話じゃないよね、って、患者さん一人ひとりの不安と向き合っていれば、わかるはずなんです。
 福島第一原発事故の直後は、初めて放射線の健康影響への不安に直面しましたから、難しかったかもしれません。
  でも、今後原子力災害が起きてしまったときには、私たちは、「あなたが、内科医として、外科医として、普段の診療の中で、患者さんの不安にちゃんと向き合えば、それで解決することがほとんどなんですよ」って言えます。
 
 せめてもう二度と、福島の甲状腺検査のようなことが、世界のどの国や地域でも繰り返されないことを願います。
                                 転載終わり。



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