クロの里山生活

愛犬クロの目を通して描く千葉の里山暮らしの日々

高島桟橋

2014-07-19 08:50:51 | 日記

「星の流れ」をつぶやきながら、耕一はヨロヨロと歩き続けた。

いつしか雨はあがり、雲間から月が顔をのぞかせていた。

フラフラと歩く耕一の足はあの場所に向かっていた。

《あそこでゆっくり眠りたい》

 耕一はそう思った。

 

向かっていたのは横浜港の高島桟橋だった。

その桟橋は、耕一が千葉から横浜に着いた時に上陸した場所であった。

「ここから俺の新しい人生が始まるんだ!」

十六歳の少年が、胸を膨らませて上陸した場所である。

 その思い出の場所に戻ってみたかった。

そこへ行けば、それまでの館山の生活も思い出されるだろう。

 その桟橋に上陸したのは、まだ数日前のことでしかない。

だが耕一には、それはもう1年以上も前のことのように感じられた。

 

白い犬が前を歩いていた、ような気がした。

「シロ・・・・」

と、小さく呼んでみたが返事はなかった。

だが、何かに引かれるように、自分は今歩いている、と感じていた。

 

やがて港が見えてきた。

見覚えのある高島桟橋が見えてきた。

淡い月明かりの下で、その桟橋が静かに横たわっていた。

ヨロヨロと耕一は桟橋を歩いた。

懐かしい潮の香りが耕一の身体を包んだ。

桟橋の先端にロープを繋ぐコンクリの太い杭があった。

 耕一は倒れるようにその杭に寄りかかった。

《あぁ、これで眠れる》

と、耕一は思った。

眠ることがこれほど気持ちの良いものかと感じた。

このままづっと眠り続けていたいと思った。

 

月明かりの下で、耕一は深い深い眠りに落ちた。

 

 

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星の流れに

2014-07-18 13:12:33 | 日記

あれからどれ程歩いただろうか。

ジャガイモを大事に両手で持って、耕一は歩き続けた。

どこをどう歩いたか覚えていない。

ただ、人がいないところを探しながらノロノロと歩き続けた。

耕一はもう何も考えることができなかった。

歩くのを止めたら、自分はそこで死ぬのかも知れないと、予感した。

 

《海を見たい》と、急にその時耕一は思った。

そう思ったら、お腹が空いてきた。

 空き地が見えたのでそこに入り、積んであった瓦礫に腰をかけてジャガイモを食べ始めた。おなかの調子が悪いので、少しづつ、ゆっくりと食べた。

ジャガイモをくれた特攻隊風の青年の爽やかな顔を思い浮かべながら、ゆっくりと食べた。

やせた野良猫が一匹寄ってきて、「ミャオー」と小さく鳴いた。

耕一はジャガイモをひと欠片ちぎると、「ほら」と足元に落とした。

痩せた野良猫は耕一の顔を見つめ、もう一度「ミャオー」と甘い声で鳴いて、耕一と一緒にジャガイモを食べ始めた。

ジャガイモを食べ終えると、耕一は瓦礫にもたれて眠りに落ちた。

どれほど眠っただろうか。

冷たい雨が耕一の顔を濡らしていた。

辺りはもう夕闇に包まれている。

起き上がろうとすると、足元に痩せた野良猫がうずくまっていた。

耕一が歩き始めると、「ミャオー」と、また小さな声で鳴いて後を追ってきた。

 

耕一は海へ向かって歩き始めた。

小雨がシトシトと降っていた。

街中の薄暗い路地をいくつも抜けた。

浮浪児がたむろしている気配があると、遠回りして歩いた。

いつしか痩せた野良猫の姿は見えなくなっていた。

 

トボトボと歩く耕一の耳に、ラジオから流れる歌声が聞こえてきた。 

 ♪ 星の流れに 身をうらなって
  どこをねぐらの 今日の宿
  荒む心で いるのじゃないが
  泣けて涙も かれ果てた
  こんな女に誰がした ♪

♪ 煙草ふかして 口笛ふいて
  あてもない夜の さすらいに
  人は見返る わが身は細る
  町の灯影の 侘びしさよ
  こんな女に誰がした

♪ 飢えて今頃 妹はどこに
  一目逢いたい お母さん
  ルージュ哀しや 唇かめば
  闇の夜風も 泣いて吹く
  こんな女に誰がした

 その歌声に合わせて、耕一もつぶやくように歌っていた。

 「こんな男に誰がした・・・・」

 

 

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愚連隊とジャガイモ

2014-07-17 13:28:50 | 日記

南京町で残飯をもらった耕一は、夕方、山下公園の木の下でそれを食べた。

その夜、激しい腹痛と下痢に襲われ胃の中の物を全部出した。

月も星も見えない真っ暗な夜だった。

朝、頭を蹴飛ばされて目が覚めた。

目を開けて周りを見ると、数人の浮浪児の顔が見えた。

リーダー格が言った。

「おい、てめえ! こんなとこで寝てんじゃねえぞ! どっから来たのか知らんが、邪魔だからとっとと出て行け!」

そう言うと、棒を持った他の浮浪児が耕一の身体をこづき始めた。

耕一はヨロヨロと起き上がり、そしてノロノロとそこから離れた。

大通りに出た。

トラックやジープが「パアパア!」と警笛を鳴らしながらスピード上げて走っていた。

《あの車の下に飛び込めば死ねるかも知れない》

《この世の地獄から、苦しみのない天国へ行けるかも知れない》

夢遊病者のように、耕一はフラフラと歩道から車道へ入って行った。

「キィーーーー!!!」

と、急ブレーキを踏む音が響き、

「馬鹿野郎!!」

と、怒鳴り声がした。

我に返った耕一が止まった車の方を見ると、運転席の窓を開けて、首に白いマフラーをした愚連隊風の男が顔を出した。

「おい若いの、命を粗末にするんじゃないぞ。これでも食っておけ」

そう言うと、車の窓から新聞紙の包みを放り投げ、「じゃあな!」と言って去っていった。

その包みはまだ温かかった。ゆっくりそれを開けると、中からふかした大きなジャガイモが出てきた。

おそらく、そのジャガイモはあの男の昼飯であったに違いない。

 耕一は走り去るトラックを、唖然として見つめていた。

 

愚連隊はチンピラとは違う。チンピラはヤクザの手下であるが、愚連隊は特攻くずれである。

特攻隊として戦地に片道切符で死にに行く運命にあった若者が、幸運にも生きて日本に還ってきた。だが日本に戻った彼らを待っていたのは「軍国主義の走狗」というののしりであった。

祖国のために命を捧げ、潔く死ぬ覚悟で生きてきた彼らは、そのやり場のない怒りを愚連隊となって発散させた。

焼け野原となった祖国で、信じられるものを求めて、自分の生きる道を探し、もがき苦しんでいたのだ。

後にヤクザ映画などで人気俳優となった鶴田浩二も特攻くずれであった。

温かいジャガイモを手にした耕一は、《これは夢に違いない》と、思った。

《俺は今、夢を見ているんだ。このジャガイモを食べたら夢から覚めてしまう》

そう思った耕一は、ジャガイモの包みを両手で大事に抱え、またフラフラと歩き始めた。

 

 

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南京町をさまよう

2014-07-16 12:55:16 | 日記

(長屋入り口)

 

トボトボ歩く耕一の足は南京町に向かっていた。南京町とは現在の横浜中華街のことである。

南京町には中国系の人達がレストランや大衆食堂を経営しており、そこへ行けばなんとか残飯がもらえるという噂を聞いたのだった。

伊勢佐木町を過ぎると、耕一は途中から川沿いを歩いた。その川は石川町、元町と流れ、南京町の脇を抜けて海へ至る。

南京町が近づいてくると、その川面に白っぽい棒のようなものがいくつも浮いているのが見えた。

《あれは何だろう?》

耕一はしばらくぼんやりとそれを眺めながら歩いていたが、その棒と一緒に犬や猫の頭なども浮かんでいる。

耕一は「ギョッ」として顔をそむけた。

どうやらその棒は動物の骨のようであった。あるいはそれは人骨であったかも知れない。

戦後の大混乱期である。至る所が無法地帯であった。この大都会では何が起きてもおかしくないカオスの状況であったのだ。

警察など名ばかりで無きに等しく、ヤクザ、チンピラ、愚連隊、第三国人(主に朝鮮人)が縄張り争いをして、随所で抗争を繰り返していた。

浮浪児の仲間にさえ入れてもらえず、人間として扱ってもらえないその時の耕一の存在は、野良犬や野良猫と同様であった。

星の光が見えない真っ暗闇を歩くような思いの耕一の小さな胸は、不安で今にも押しつぶされそうであった。

しかしともかく、耕一は食べ物を求めて南京町を目指した。

(イノシシ捕獲用檻と墓地)

 

南京町に入ると中国料理の小さな大衆食堂が何軒も並んでいた。

中国料理独特の香辛料の匂いが漂っていた。

耕一は小奇麗な店構えの食堂を見つけると、その裏側へ回って残飯を探してみた。

一匹の野良犬が汚いバケツに頭をつっこんで残飯をあさっているのが見えた。

食べ物がまだ残っているようだ。耕一はその野良犬を追っ払おうと近づいて行った。すると店の裏口のドアが急に開いて、太ったおばさんが顔を出した。手に鍋を持っている。

「オヤ、アンタモフロウジカイ。カワイソウニネ・・・・。ホラ、コレアゲルカラタベナ」

中国人のおばさんが、そう言って残飯の入った鍋を耕一の前に出した。

「おばさん、ありがとう」

耕一は、小さな声でそう言うと、かぶっていた帽子をとり、その中に残飯を入れてもらった。

残飯の入ったその帽子を両手で大事に抱えながら、耕一は山下公園の方へ向かって歩いた。

 耕一は情けなくて涙が出そうになった。だが、もう涙は出てこなかった。

涙も涸れてしまった。

 

 

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焼け跡をさまよう

2014-07-15 13:01:04 | 日記

  

(中庭からみた長屋)

 

♪ 赤いリンゴに 口びる寄せて 
  だまって見ている 青い空 ♪
♪ リンゴはなんにも 云わないけれど
  リンゴの気持ちは よくわかる ♪
♪ リンゴ可愛や 可愛やリンゴ 

 

焼け跡の闇市に「りんごの唄」が流れていた。

チンピラ風の若い男が、その唄声に合わせて口笛を吹きながら向こうから歩いてくる。

肩で風を切って歩くそのチンピラ風の後ろから、すばしっこそうな3人の浮浪児が辺りをキョロキョロとうかがいながらついて来る。

耕一のリュックをかっぱらおうとした浮浪児とは別の連中のようだ。

耕一は背負ったリュックの紐をしっかり手でつかみ、彼らから目をそらして露天の雑貨を眺めた。

シロはどこかに姿を消していた。

近づいてきたチンピラ風が耕一に言った。

「おい小僧、お前よそ者のようだがどっから来た」

「ち、千葉の、た、館山です」

「なんだ千葉の芋か。カネは持ってんのか?」

「・・・・・・・・・」

「ドブロク一本持ってくりゃ、俺達の仲間に入れてやってもいいぞ。何もないならトットトここから失せろ!」

チンピラはそう言うと、また肩で風を切りながら闇市を歩いて行った。

 

耕一は、それまで世話になっていた船舶工場の社長に無断で、家出同然に館山から出てきたのであった。もはや死んでもノコノコと館山には帰れない。

ここで浮浪児として生きていくには、やつらの仲間に入れてもらう以外、生きて行く道はないのであろう。しかし、耕一の財布には、その時すでにドブロクを買うおカネが無かった。

さっき、我慢できずに煮込みどんぶりを食べた。丸顔のおばさんに払った代金は5円だった。その当時、その金額はかなりの高額であった。耕一は、自分の持っていた有り金を叩いてそのどんぶりを食べたのである。

何度財布の中をのぞいても、ドブロクを買うカネはない。しかし彼らの仲間に入れてもらえなければ、ここでは生きていけない。耕一の目の前は真っ暗になった。

途方に暮れた耕一はシロを探したが、その姿はどこにもない。

耕一はまたあてどもなくノロノロと歩き始めた。

 

(ニューサマーオレンジの木一本)

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