「カゲロウ」・・・その②
人の命の一生のはかなさを例えて 「かげろうの命」と言う。
~「カゲロウ」の一生はあまりに短く、そして儚い3億年にわたる命をつないできたつわもの~
モンカゲロウ
幼虫の食事
翅を発達させて空中を飛んだ最初の昆虫
地球に初めて誕生した昆虫は 翅 がなかったと考えられるが、
「カゲロウ」は、翅を発達させて空中を飛んだ、最初の昆虫であると推察されているのである。
それから3億年。 「カゲロウ」は、現在も変わらぬ姿をしているのだから凄い。
「カゲロウ」は生きた化石なのである。 生き残ったものが勝者という
進化の生き残りゲームの中では、「カゲロウこそが最強の生物の一つ」なのだ。
それにしても、どうして3億年もの間、カゲロウは厳しい生存競争を生き抜くことができたのだろうか。
その秘密こそが、 「はかない命」 にある。
「カゲロウ」にとって、「成虫」というステージは、子孫を残すためのものでしかない。
成虫になった「カゲロウ」は、餌を獲ることはない。
それどころか、餌を食べるための口も退化して失っている。そもそも、餌を獲ることができないのだ。
「カゲロウ」にとっては、餌を食べて自らが生きることよりも、子孫を残すことのほうが大切なのである。
翅を持った成虫が、いたずらに長く生きていれば、子孫を残す前に天敵に食べられたり、
事故にあったりして、死んでしまうリスクが高まる。
どんなに長生きしても、子孫を残せないのであれば、意味がない。
しかし、カゲロウのように成虫の期間が短ければ、子孫を残すという目的を達成しやすくなる。
カゲロウに「天命」というものがあるのだとすれば、「カゲロウ」の成虫は、
天命を全うするために命を短くしているのである。
とはいえ、ゆらゆらと飛ぶことしかできない「カゲロウ」には、
天敵から逃げる力もなければ、身を守る術もない。
そんなカゲロウの中には大きな群れを作る種類がある。
それも少しばかりの大きさではない。大きな大きな群れを作るのである。
夕刻になると、カゲロウたちは一斉に羽化して成虫となり、大発生するのだ。
日本で大発生が話題になる例として、オオシロカゲロウがある。 その数は尋常ではない。
空を舞うカゲロウたちは、まるで紙吹雪のようである。
カゲロウは日が傾き薄暗くなった時間を見計らって羽化を始める。
夕刻に発生するのは、昆虫の天敵である鳥から逃れるためである。
もちろん、カゲロウが地球に出現した大昔には、鳥類など影も形もない。
鳥が塒に帰る時間帯に羽化するというのは、長い進化の歴史の中で「カゲロウ」が獲得した知恵なのだろう。
しかし、夕刻になると現れる天敵もいる。 コウモリである。
何しろ、「カゲロウ」の大群は、コウモリにとってはご馳走である。
大量発生した「カゲロウ」は食べ尽くされない
コウモリたちは、狂喜乱舞(きょうきらんぶ)して次々にカゲロウを捕食する。 しかし、大量に発生したカゲロウを食べ尽くすことはできないから、多くのカゲロウたちは生き残ることができる。
これこそが、カゲロウたちの作戦である。 大きな大きな群れを作っていたのは、コウモリに食べ尽くされないためだったのだ。
あるものは食われ、あるものは生き残り、カゲロウたちは群れで舞い続ける。 この大群の中で、
オスとメスとが出会い、交尾をするのである。
しかし、このパーティーに許された時間は限られている。
何しろカゲロウの成虫に与えられた寿命はごくわずかなのだ。
シンデレラの舞踏会のように時を刻む鐘が鳴れば、魔法が解けるように「カゲロウ」たちは、
この世から消え去ってしまうのだ。
限られた時間の中でカゲロウたちは交尾を行う。
カゲロウにとって、「成虫」というステージは、子孫を残すためのものでしかない。
交尾を終えたオスたちは、天命を全うした満足感とともに、その生涯を終える。
「カゲロウの命」と言われるように、はかなく静かに、命の炎は消えてゆくのである。
一方、メスたちはまだ死ぬわけにはいかない。 メスたちには、残された仕事がある。
川の水面(みなも)に着水して、水の中に卵を産まなければならないのである。
早くしなければ、命が尽きてしまうのである。夜は刻一刻と更けていく。
まさに時間との戦いなのだ。
しかし、無事に着水したとしても、メスに一息つく時間はない。
魚たちにとって、水の上のカゲロウは、格好の餌でしかない。
次々に着水するカゲロウたちを、今度は魚たちが狂喜乱舞して食い始める。
そして、あるものは食われ、あるものは生き残る。
運よく生き残ったメスたちは、水の中に新しい命を産み落とす。
そして、卵は静かに水の底へと沈んでいくのだ。
産み落とした命を見届けたかのように、メスのカゲロウたちの命の炎も消えてゆく。
子孫を残す、ただそれだけの生涯
「カゲロウ」たちにとっては、ただ、それだけの生涯である。 何というはかない生き物だろう。
何というはかない命だろう。
息絶えたメスの亡骸(なきがら)もまた、魚たちにとっては、恰好の餌である。
魚たちのパーティーは、まだまだ終わりそうにない。
残酷に時が過ぎれば、パーティーは終わりである。「カゲロウ」の成虫は、
数時間しか生きることはない。
夜が更ければ、交尾を終えた満足気なオスたちも、水面までたどりつくことのできなかったメスたちも、
交尾に失敗した多くの成虫たちも、次々に死んでゆくのである。
短い命である。
夜が更ければ、辺り一面、カゲロウたちの大量のむくろが、紙吹雪のように風に舞う。
まるで地吹雪か何かにさえ見えるその様子は、もはや気象現象と言っていいほどだ。
こうして、カゲロウたちの一夜が終わる。
確かに短い命である。 はかない命である。
しかし、このはかない命こそが、「カゲロウ」たちが3億年の歴史の中で
進化させたものである。
「カゲロウ」たちは、間違いなくその生涯を鮮やかに生き切り、天寿を全うしているのである。
終わり