はなな

二度目の冬眠から覚めました。投稿も復活します。
日本画、水墨画、本、散歩、旅行など自分用の乱文備忘録です。

●国立能楽堂「柴田是真と能楽-江戸庶民の視座ー」

2022-12-23 | Art

国立能楽堂「柴田是真と能楽-江戸庶民の視座ー」

2022年10月29日~12月23日

 

千駄ヶ谷の国立能楽堂へ行ってきました。

 

能楽堂の中の資料展示室にて、柴田是真(1807~1891)と能のかかわりについて、展示されています。

(能の公演は見ず、展示室だけ見る場合は、ぐるっと左のほうに回ったところに資料室の入口があります。)

 

柴田是真というと、花や草木をモチーフにしているイメージでしたが、能の画題については、初めての視点でした。

能の写生、下絵、本画など幅広く展示されています。先日の日記に、東京藝大で拝見した是真の写生帖の素描について書きましたが、その写生帖95冊のうちほかの冊も展示され、パネル展示もあり、人物の素描もたっぷり見ることができました。

なかでも20代の写生帖からは、是真が初歩から能について学んでいく足跡をたどることができました。

 

一室だけの展示ですが、点数も多く大充実。無料です。

能以外にも、花草木の屏風や掛け軸、仏画、櫛や文箱、印籠なども。是真のオールマイティさには改めてうならされます。

以下、備忘録です。(画像は画集から)

今回の企画展でうれしいのは、写生帖、下絵、手控えと、素の是真を垣間見れたこと。

是真の筆跡やデザインはいつもスタイリッシュで魅力的なので、超越したひとと思っていたけれど、天才は一日にしてならず。B5より少し小さい画帖にびっしりと描かれた写生は、地道そのもの。

氷山の下に、この95冊にも及ぶ写生と多くの下絵の模索がある。

 

能についての写生は、是真が22歳のときから始まっている。道具類や面も写生し、それらの名称や使途、演目を書き添え、能について学ぼうとしている。

観世大夫邸での稽古能の写生 文政11年(1827年)

絵師としてはすでに、浅草・東本願寺の障壁画を受注するほどだったそうだけど、能とは縁のない階級に生きる一絵師。それがどういういきさつか、観世大夫邸への出入りが叶い、練習中の現場を描きとめている。

動画を撮るとかできない時代、見ながら、リアルタイムに筆を動かす。つくづく、是真を含め江戸時代の絵師は、手から筆がはえているのじゃないかと思う。

 

そんな駆け出し状態から、年を重ねるごとに、演者の個を追求していく下絵や本画が増えてくる。

粉本 三番曳図・麦雲雀図

演者の着物の柄の鶴が美しく、本当に飛んでいるように見える。袖から手、扇へと、その動きが見える。

大きな麦が不思議だと思ったら、全く関係のない絵を上下から描いているのだそう。是真は紙を大事にしたので、他にもこうした下絵が多く残されているとのこと。

 

下絵では、同じ場面を何枚も描いている。手や足の角度がわずか10度ずつくらい違う下絵がいくつもある。その中から、一番これぞという姿態を本画にしている。是真の研ぎ澄まされた模索の足跡が見える。

 

羽衣福の神図屏風 嘉永6年(1853年)左隻

同 右隻

私は能に詳しくないのだけど、是真の描く本画の演者は、その身体の芯が、しっかり一本通っている。体幹がぶれてない。歩みだす足先にも強さがある。

足元は、どんなに早い動きのときでも、うわつかず常に地に根差している。そして、翻る袖を形作る是真の筆は強くて緩まず、動きの速さまで描き表されてしる。

演者からは気迫と緊迫が満ち、これは是真の画力の業か、舞う演者の力量ゆえか、それとも両方が合わさって昇華したのか。

(ところで、脇の人物の顔は妙に写実的な面貌なのだけど、これは実在の人物に似せて描いたのかな?)

 

是真は、能楽に題材をとった作品も多く手掛けていく。

高砂図 (40歳代ごろ?) 

木の洞からちょうど姥が出てくるところ。高砂図のなかでもこのシーンは、是真が好んで描いたらしい。小さく打ち寄せる波の様子や、シンプルに描いた松の達筆ぶりにも見入ってしまった。

 

猩々図扁額 明治12年(1879)

赤坂氷川神社へ、表伝馬町からの奉納されたものらしい。是真73歳の作。

写生帖のメモ書きによると、この演者は子方で、(面をつけない)直面(ひためん)の猩々だった。子供とはいえ、速く強い線で書き上げられた後ろ姿は存在感が強い。一方で華やかな着物の模様は細密に描かれており、美しかった。

 

展示の後半は、能以外の作品も多岐にわたって展示され、たいへん充実。

花や草木、動物にいたるまで、地位を得ても綿密に写生をしている。枝や花の立ち姿の描くライン、葉の向き、花弁の角度、細部の写実、是真のこだわりどころが詰まっている。

 

その写生から取って是真が組み合わせると、魔法みたいにすべての花木がステキな仕事をしている。構図の妙が冴えている。

木蓮、トケイソウ、鷺草などを取り合わせている。

 

花車蝶図蒔絵下絵 

引き戸の下絵。縦は90㎝くらいだった。9代目市川團十郎の注文品らしい。

 

仕上がった漆や金蒔絵の箱や器類を直に見ると、是真は卓抜したセンスを持つ”デザイナー””なのだと感じ入ることしきり。

どれも、構図と配置が大胆で、印象的。100年たっても斬新。

 

烏漆絵盃 (50歳ごろ)

 

木葉蒔絵文箱 (40歳代)

このふたの裏には蜘蛛が一匹。

ほかの蓋物も、ふたの裏に、表の衣装と呼応するモチーフを控えめに施してある。こうきたかとしびれてしまう。ふたの表がひとつの自然の光景なら、裏を返すと、そこからもう一足、ふみ入ってみた世界が広がっている。配置とデザインがこれまたとってもかっこいい。

大胆な配置の前段に、写実があるからこそなのか、現実感があり、現代的でもある。

 

蝶漆絵硯箱 (40歳代?)

漆絵の濃淡と金泥で描いている。

 

そして40年を経て80歳の作品、より大胆にかっこよくなっている(!)

蝶絵蒔絵硯箱 明治20年(1887) 

画像では見えにくいけれど、蝶の文様のなかに小さく螺鈿が埋め込まれていて、きらめく!。螺鈿好きには感動的。

 

蒔絵の合間にも、小さな螺鈿の粒々が埋め込まれていて、きらきら✨。

大橘蒔絵菓子器 明治時代

越後の豪農、押木原二朗の注文品らしい。

 

雛図

描表装にも眼をみはってしまった。ひな祭りの道具類を墨と金泥で書き尽くしている。

 

2018年に藝大コレクション展のときにたくさん見た(日記)、丸い天井画の下絵もひとつ再見。3期に分けて展示替え。

千種之間天井綴れ織下図 明治20年(1887)

直径1.2mくらいある大きさ。これが112枚もあるのだからすごい。そんなに植物の種類があるのもすごいけど、丸のなかの入れ込み方も様々パターンを変えていて、湧き出るアイデアがすごい。

明治宮殿の天井のための下絵という、大事業。是真の次男の柴田真哉に注文されたものだけれど、実は、造営宮司は是真が容易に引き受けないことを見越して、真哉に注文。真哉は是真に相談することを見越してのことだと、是真も見透かし、結局は是真が多くを描き、真哉が着色した。

 

是真はどんな父親だったのだろう?。真哉はどんな製作活動だったのだろう?

展示の解説では、藝大が保有する写生帖95冊は、是真は次男の真哉に譲ると遺言を残していたそう。真哉は、長男の令哉に申し入れたうえで写生帖を相続した。しかし、真哉は4年後に自殺。写生帖は是真の3男(真哉の異母弟)が譲り受け、その娘から藝大へ渡った。

 

是真がどんな人物だったのかわからないけれど、是真の描く動物は、とてもかわいい。

漆絵青海波兎図 明治時代

 

多色刷鯉図 明治時代

 

それで、たぶん是真は猫好きで、猫を飼ってたと思う。

雪中母子虎図 江戸時代

母トラは眼が大きめでかわいい。毛描きもふかふか。よく見ると、子トラが二匹、母にくっついている。子供を抱えて、母トラは警戒しているのか前方を見据える。

 

粉本 猫筆紙図 江戸~明治時代

この白地にハチワレ頭の猫は、見覚えがある。

2017年の板橋美術館の江戸絵画展で出会った、是真の「猫鼠を狙う図」(1884年)の猫では?(日記)。

ちょっと黒ブチの付き方が違う気もするけど、板橋のこの猫は是真の晩年77歳ごろの作なので、代々の飼っていたのかも。

(源氏物語に出てくるネコも、沈南蘋が描くネコも、こんな白黒ネコだけど、三毛ネコとかトラネコじゃダメなのかな?)

 

粉本 徳若御万歳図 明治時代

蓑亀を5匹、五重塔のように重ねて赤いひもで縛ってある。カニも二匹。蓑亀は、口を開けているの、閉じているのといて、黒目がちのかわいい顔をしている。

ふしぎなタイトルだと思って図録の解説を読むと、この組み合わせは是真がしばしば描いたとあり、これにまつわる是真の逸話が興味深い。

:ときの光格天皇(1771~1840)のおり、「徳若に御万歳」を音で表すようにとの勅題があった。京の絵師はだれもできないでいたが、ちょうど1830年、24歳で江戸から京に赴き、岡本豊彦のもとで修行していた是真がこのお題を解き、絵を描いた。つまり、”亀は万年”なので5匹で、御(=五)万歳。その結わえた紐を、徳若に(=解くはカニ)と。

是真の機知の才は、もうすでに若いころからだったか。

そしてこの「徳若御万歳」にはもうひとつ、のちの逸話があるそう。

:深川の菓子商・船橋屋(←くずもちの船橋屋とは違うのかな??)がこの図を菓子にして得意げに持ってきたが、是真は、「勅題を食べるとは不遜」として追い返したとか。

上述の明治宮殿の造営宮司も知っていた、是真のちょっとめんどくさい性格がうかがわれるかも。

 

興味の尽きない是真。今回は、藝大、国立能楽堂、江戸東京博物館の所蔵だけでなく、個人蔵のものも多く拝見できる、貴重な機会でした。

ちょうど能の公演中で、かすかに笛の音も聞こえてきました。

 

 

 



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