カレーの市民たちの周りもイチョウが色づく、12月のある日。
18室の近代絵画:
観山の白狐に再会。
下村観山「白狐」1914 41歳
ボストン美術館にいた天心が執筆したオペラ「The White fox」と関連付けられるかもしれない、と解説に。天心はこのオペラをインドの女性詩人プリアンバダ・デヴィ・パネルジーに献じた。インドのタゴール邸に滞在中に出会った、タゴールの親戚の女性。天心とプリアンバダが海を超えてやり取りしたラブレターは、五浦美術館で見たことがある。天心がもう少し長生きしていたら、もう一度会えることがあったのかな。
森の様子は亡き春草を思い出す。
薄墨に金が入れられた目。観山は人間だけでなく、動物の顔も含蓄が深い。
ふわふわの純白の狐の視線の先に大きな余白。だからよけいにもの寂しくなってしまう。
琳派風の金があちこちに。秋の森、葉も金、ススキの線も金。秋の色を金で現している。もし民家のほの暗い灯りやろうそくの灯りのなかで見たら、さらに幻想的に見えるかもしれない。
観山は「修羅道絵巻」1900 も展示。旅姿の僧から始まるところが、無常感。以前にも見たことがあるせいか、この日はあいだのよはくの幅、つなぎのところ、背景に目がいく。
不穏で物寂し気な風を感じつつ、進行方向の左へといざなう萩。
不穏な墨。兵士の目線の先の、樹から飛ばされる枯葉の先に・・・。劇的な戦いの場面へと展開する。
その観山の「弱法師」の複製を、来日中のタゴールの求めに応じて、制作したのが、荒井寛方(1878~1945)。
寛方は水野年方、瀧和亭に師事、紅児会にも参加、原三渓の支援を受ける。タゴールが滞在していた原三渓邸で、1ヶ月かけて弱法師を模写し、インドに送った。タゴールは原邸でその様子を見まもり、寛方をインドに美術教師として招待。
荒井寛方(1878~1945)「乳糜供養屏風 」1915
しかしこれは、まだインドに行く前の作品。大観や春草は1903年にインドのタゴール邸に滞在し、インドの女性を描いている。
スジャータが釈迦におかゆをささげる。皆右を向いて、そこに描かれない釈迦がいる。大正時代らしいパステル系の色彩だけれど、インドの熱い空気のなかにあるように、牛も女性もなまめかしい。
他の作品をおそらく見たことがないと思うのだけれど、インド滞在後は劇的に画風が変わるらしい。アジャンタの石窟寺院の模写はたいへんな苦労だったそう。震災で焼けてしまったのが残念。(「タゴール、ノンドラル・ボ、シュと荒井寛方」稲賀繁美 2011 から。とても興味深い論文。)
狩野芳崖(1828~88)「山水」1887 目の粗い麻布に描かれている。
今年は「芳崖と四天王展」など、芳崖を見る機会に恵まれた。これは亡くなる前年の作、「年六十 芳崖」と落款。60歳を迎え、気持ちを新たにした決意の作だろうか。
これが芳崖そのひとなんだと、心打たれる作だった。雪舟のような筆致で、激しく強い。とがった岩に切られそう。ここまでくると頭でどうこうより、体が自然に描いている。悲母観音など彩色の絵も描きつつも、つねに原点とともにある。画家として激しいものを内在させ、激しいまま死んでいった人なんだろうか。
熊谷直彦(1828~1913)「雨中雨山図」1912
馬に目がいく。先日のぶら美で、五郎さんが上手い画家は馬が上手いと言っていたので。これは黒目のかわいい顔をした馬だった。澄んだ山のぼかしもきれい。
これも亡くなる前年の作。なにか意図があるのかな?。芳崖と熊谷直彦、同世代の、江戸と京の絵師。狩野と四条派。二人ととも原点に返った感じ。
土田麦僊「明粧」、鶴沢探真「王昭君」は、装う女性を描いている。
なかでも鶴沢探真の「王昭君」がちょっと気になる。美しいけれど、菱田春風の「王昭君」のはかなげなイメージと違い、鏡の前でどっしりと立っている。指のごつさも気になる。年齢は、顔はお化粧で隠せても、手はごまかせないといいますが、まさかそれを意識したってことはないでしょうけれど。それとも、王昭君の覚悟の絵なのかな?。
しばらく展示してあった、川村清雄「虫干し」も この日でとうぶん見納めかも。何度見てもつかまる絵。
現在と過去、現実と非現実、和と洋が入り混じる。この日はとくに、直垂の純白とその後ろの赤、絨毯に散った野菊が目に入る。清雄の、水墨のような筆致が、潔くてかっこいい。
ほかには橋本静水「一休」など。
途中で地下に降りて行ったら、暗い部屋からトーハク君が叫んでいましたよ。
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3室:
「真言八祖像 恵果 」・「真言八祖像 空海」1314 真言密教をインド中国日本に伝えた、八祖を描いたうちの二幅
この絵仏師の描く目に引き込まれる。空海は全身から強さ、激しさが伝わる。恵果の後ろの童子には、安田靫彦を思い出した。
「東北院職人歌合絵巻 」14世紀 10名の職人を左右に置き、月と恋の歌を詠み競わせた職人歌合絵巻の現存最古のもの。
職人がいろいろ当時らしくてツボ。脇の道具類も興味深い。医師、陰陽師、鍛冶(服が火の色っぽい)、番匠(Carpenter)、刀磨(わきに砥石が)、鋳物師、巫女(なんかちょっとイメージが・・)、博打(職業なのか?)、海女、買人、経師(中国語:写経師。英語:Sutra maker)。
狩野元信の墨だけの四季花鳥図(個人蔵、撮影不可)は、やはり惚れ惚れ。まさに鳥の楽園。木からひょいと顔を出す鳥、動きがシンクロする二羽、寒さに膨らんだ雀たちなど、どの鳥もしぐさがかわいい。母の後ろをついて歩くひな鶴を振り返る母鶴は、まるで人間の親子のよう。母鶴は目がパッチリの美人さんだった。叭々鳥はキッとしたつり目で好きなタイプ。両隻の間の空間のふわりとした薄墨の美しいこと。
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7室
呉春「山水図屏風」
樹々はさまざまなバリエーションの点や線で、リズミカルに反復していて、心地よい。奥行きある山は応挙風。
右隻のなだらかで量感ある山に対し、左隻では、急峻にそびえる。その山並みは、しつこいくらいに奥行きを強調している。
雄大な屏風だった。
そして楽しみにしていた 与謝蕪村「蘭亭曲水図屏風 」1766
木陰がここちよい。岩の線もやわらかく、ほろ酔いのおじさんたちもゆるくいいモード。
蕪村の人物は顔がかわいいの。
樹がとてもよくて、さまざまな葉は全体を通して飽きない。自然の気を満喫できる屏風。
点描はもはや印象派。木漏れ日がなんてきれいなんだろう。
最後の扇の青い茶碗が余剰をのこして流れていく。
光がやわらかい。さほど多くの色を使っているわけではないのに、全体を通して、やさしい色彩が流れていた。
いいもの見たなあ。
続きはまた次回に。
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