野間記念館「近代日本の花鳥画
2018.10.27 ~12.16
好きな作品の備忘録
安田靫彦の花鳥が、どれも心に残った。歴史画とはまた違う繊細さ。花を愛でる目に、なにも修正することない素の靫彦が表れているよう。
「春雨」1923 39歳
靫彦の他の大正時代の作品のような色の付け方だけど、この暗さはどうしたんだろう。首ごと落ちた椿。しんしんと落ちる雨。靫彦の花の絵といえば、意外にも色が明るく美しくまさに「馥郁たる香り」の印象だったのだけど、それは戦後のことらしい。解説には、大正時代に花の絵を描いた作品は大変珍しいとのこと。盟友今村紫紅を亡くし、日本美術院の中枢として歴史画を描き続けることで、院の社会的地位の上昇を勝ち取らねばならなかった時期とある。
プレッシャーの中でじっとゼンマイの根元を見つけていた靫彦。でも暗いと一言で片付く心情でもなさそう。影をまといつつも、色は冴え冴えと、ゼンマイの先端はくるんと水分を受けている。花の前では、幾重にもおりかさなる様様な気持ちがそのまま吐露されてしまうのかも。戦後に靫彦の花の絵が心に残るのも、同じ事なのかも。
そのとなりに展示されている靫彦の「水仙」1932 は、それから9年後。昭和らしくずいぶんすっきり。掛け軸の下半分のみに描かれた水仙はあまりに美しくて、水仙の葉の流れに入ってしまう。冬のひだまり、まさに馥郁たる香り。小さく添えられたたらしこみの南天は、「黄瀬川陣」で義経のわきに添えられていたものを思い出した。
靫彦では別室の「新樹」1933 もとても好きな作品。靫彦に、こんなにほんわかとした柔らかい部分があるのかと思った。ごく薄い墨で、さらさらと描いている。鳥は薄く乾いた墨で描いて少し黄色を乗せ、さっと尾羽をはらっている。
速水御舟の二点も、凄みがあった。
速水御舟「朱華琉璃鳥」1933 この緊張感。葉の一枚、枝の一本に至るまで、深淵。
速水御舟「梅花馥郁」1932 どこにもゆるみがない。この厳しさ。突き詰めた先の、ぎりぎりの近郊の中にある紅白の枝。
常に斬新な御舟。
一方、ともに研鑽した小茂田青樹は、ポエティック。「四季花鳥」の4幅はどれもすてきだった。
春の紅白のシロツメクサ、へびイチゴの点々がかわいいなあ。夏の芭蕉の葉に、かえる。さわやかな緑の雨を満喫して吸い込んでいる姿がとにかくかわいい。笹の葉の先の小さなひとしずくには、やられてしまった。
秋のイチョウにはまだ緑色の葉も残っている。冬に舞う雪と鳥はうっとり。
一時は似た絵を描いていた御舟と青樹だけれど、全く違う空気感を持っている
今尾景年「花鳥図」もすばらしかった。
柔らかな色彩の岩と薔薇。と思ったら、にらみをきかす挑戦的な雄鶏。おもわずすいませんっと謝ってしまう感じ。
左幅の鳥も、輪郭もなく、よくこんなにふわっとリアルに描けるもの。
薄墨、たらしこみと薄い着色でささっと描いている風。渡辺省亭に通じるかもしれない。花も葉もささっと、その筆の素早さ、勢い。さらに繊細で緻密な視線。小さな菊3輪のそれぞれちがう開き具合など、まるでひらいてゆくさまと精気を動画で見ているようだった。景年、すごい。伝統的な画題なのに、現代的な感じすらする。
徳岡神泉「鶉図」 雪に光がふりそそいでいる。トクサの色も映えている。なにかにハッとするウズラ。単純な背景に、ウズラの羽の宇宙的な美しさ。多くの画家がこの羽を細密に描くのもわかる気がする。
西山翠璋「金波玉兎」1926 は英語題はRabbit in the moon。でも月は描かれず、波を照らす光で気が付く。それとも丸いフォルムのウサギ自体が月なんだろうか。
堂本印象「清泉」、福田平八郎「双鶴」、富田渓仙「牡丹」も印象的。
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野間記念館でいつも見ものなのは、十二ケ月シリーズ。
山口蓬春の「十二ヶ月図」が、12枚どれもがぱっと印象に焼きつく作。きれいだった。鳥では、1月は鶴、2月は鵜。墨の濃淡がきれい。5月は山並みと葦の淡い緑、墨でちょいちょいと描かれた鵜。夕暮れの光に浮かぶようで情感そそられる。 6月は、薄黒雲に夕立、空の半分はうっすら青空。赤い鳥居、点のような黒い鳥、白い帆と、点のように小さなパーツが絶妙な間合い。(例によって変なメモ。)
花は、一本をシンプルに大胆に。置く位置がかっこいい。7月の紫陽花は右半分に一本、左半分は余白。少し寂し気な淡い水色の紫陽花。8月の芥子は、下半分。その上にちょんと虫を。「極小」と「中」のバランスが楽しい。色も冴えてて、白い花びらにふちが赤、葉は墨、そこへ虫の緑の点。9月の茄子は好きな画題。墨とうす紫だけで。茄子って神秘的・・。12月はほっこり。墨だけで、月に吠えるイヌ。
12枚どれも、色がキレイ。余白と構成が明確で、シンプル。だけどポップではない。抒情ポケットにすとんと落とされてしまう。
木島桜谷の十二ヶ月図は、動物シリーズ。馬、犬、牛、ウサギ、キツネ、ヤギ、ネコ、虎、狸、猿、鹿、猪。小さな色紙でも動物の世界観がすごい。特にキツネ、狸は、夜に行動する、その気配にぞくっとするほど。猪の体躯のリアリティ。そんななか、葡萄棚の下の囲いの中のヤギのおとぼけ感ときたら。動物も家畜になると、すっかり野生を忘れている。気になるのは、玉蜀黍ごしに見えるやせたネコ。ちょっとシュールで不思議な感じ。
森百甫は、ほっこり系。10月の地面に落ちている栗だけでも、しみじみと物語が膨らみ、情感わかされてしまう。鳥好きにもたまらない12ヶ月でしょう。6月のかわせみと水草、7月のカエルと白い蓮、8月の夕顔、12月の烏瓜を見るウソなどがとくに好きな作。線もとてもきれいだった。同じく葉を一枚描いても、会話が聞こえたり、こんなに物語になってしまうのは、他の画家とどこが違うんだろう?
望月春江は、にぎやかな十二ヶ月。さわがしい二羽のスズメは、口やかましい奥さんと、ん?と聞いているかいないかわからない旦那さんのよう。8月の川エビ、11月のどんぐりがいいなあ。
山口華楊は、とてもシンプル。構図は、縦、横、斜めと狙って、一枚一枚が印象的。4月の4本だけの青麦、7月のカワセミと3本だけの葦など、どれも無駄なものがなにもなく、しかもかわいらしい。そして厳選して描いたそれはとても緻密。鳥の毛、紫陽花の葉の葉脈など見入ってしまった。このシンプルな美しさ・かわいさを支えているのは、この緻密さなのかと。
堂本印象は、墨で現した光に驚き。一枚一枚の印象が強い。
福田平八郎は、色がぱっと印象に飛び込んでくる。トリミングされていて、ますます間近に感じてしまう。単純化された形も明度のある色もたのしい。
矢車草がきれいだなあ
茄子と玉蜀黍がすき・・
それにしても来るたびに違う十二ヶ月図が展示されている。約500タイトル、計6000枚の12ヶ月色紙が所蔵されているとか。
来年、1月12日からは「十二ヶ月図展」が始まる。
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